アジト
作者「今年もあと52時間ですね」
一応の決着を見た俺たちは、すぐさまこの禍々しい池の水を抜きにかかった。
俺の分身たちにより道が作られ、水が北へと流れて行く。
「この北には」
「女神の砦がある。その砦はロッド国軍と魔王軍が争っている地だが、この調子だと今は魔王軍の支配下にあるか……しかしそれにしても不思議な魔法だな」
「私が教わった魔法です」
ソウギと言う名の金髪オールバックで身なりの整った男性は市村とソーゴたちと共に、じっと俺の分身たちの仕事を眺めている。
セブンスは得意げに胸をそびやかし、トロベは背筋を伸ばしている。
「女神の砦はロッド国の支配下にあるのでは」
「基本的には、だ。だがロッド国、と言うか北ロッド国の力では女神の砦を維持しきるのは難しい」
「ええ……」
このブエド村の荒れ具合や女神の砦の話を聞けばロッド国が斜陽な上に分裂状態なのはわかるが、だとしても女神の砦と言う名の重要そうな前線基地すら維持できないのはあまりにもひどすぎるのではないか。
「しかしシンミ王国は」
「シンミ王国と北ロッド国の関係は未だに平穏とは言えないのであります」
「大戦の傷がか」
「シンミ王国は西の山地、いわゆる聖域に遷都を余儀なくされるほどに追い詰められていたと聞きましたであります」
「ああ、だからシンミ王国はまだロッド国を心から許しきれていないのだ」
シンミ王国にいた赤井の言葉に、ソウギさんはうなずいている。
シンミ王国の王城まで迫られるほどには追い詰められていたとなると、王族にも被害が出たとしてもおかしくはない。
赤井と市村を見る限りいい王様だったから、その分だけシンミ王国人のロッド国に対する反発も大きいんだろう。
「でも聖域って、マサヌマ王国が聖地じゃなかったの?」
「マサヌマ王国は信仰が一番熱心であり、布教の中心であっただけだ。女神様は数多の奇跡と共に聖域に降臨し、大地を広げ聖書を記し我々に叡智を与えた。その奇跡をもってこのヒトカズ大陸は繁栄し、今の栄光を得ているのだ」
「たった一人で?」
「無論数多の天使を従えてだ。だが女神様は何人たりとも我が姿を拝む事なかれと申し上げており、その姿は残っていない。各地の教会にある女神像や天使の絵はみな後世の人間が勝手に作った物で大して価値はない。ただ最近は違うが」
「マサヌマ王国でありますな……」
赤井の言う通り、発祥地と中心地は違う。
インドでは仏教よりヒンドゥー教が強いはずだし、この世界でも女神様の信仰の始まりのようなシンミ王国以上にマサヌマ王国が強かったとしても矛盾はない。
だがそのマサヌマ王国の熱心な教徒たちがいわゆる偶像崇拝の禁止を徹底しその結果魔王に国を乗っ取られたとあらば、その教えが軽視されるのも無理はないかもしれない。
そんな風に歴史を聞かされている間に、俺の分身たちが土を掘って排水を完了し、持山が装備を回収してはしまい込んでいた。
「少しエッチかもしれないでありますな」
「何を言っているの!」
「もう慣れたってか通り越したよ、その段階も」
持山のやっている事はある意味追い剝ぎであり、死体漁りだ。
持山もこれまでの旅で死んだ人間の遺品や装備などを死体からはぎ取って持ち込んだ事は数知れずであり、そのために必要な手練もいつの間にか身に付けていたと言う。これもアイテムボックス並のチート異能だろう。
「これまでも死体から」
「いいや、生きた女からはぎ取った事もある」
で、持山によれば結婚詐欺師から騙されて貢いだ物品を取り返して欲しいと言う任務の際に詐欺師の女に警護役と共に赴き、渡すぐらいならと壊される前に全回収、そして着込んでいたサンタンセン製のドレス(金貨二枚)も脱がせて回収しようとしたらナイフを持ち出して切り裂こうとしたので、着たまま強引に回収したらしい。
「正直その時の功績で冒険者になったようなもんだから。今はVランクだよ」
「ちなみに結婚詐欺って」
「結婚詐欺って言うか偽聖女詐欺だな。信仰のためとか言って喜捨と言う名目で」
「そりゃ処刑もんだろ」
「あえてしてないそうだよ」
持山だって人並み以上に修羅場をくぐっている。これがもし甘えだとか言うのならば何が甘くないのか教えて欲しいもんだ。チート異能が甘えって言うんならどっちもどっちでしかねえだろう。
「まあとにかく、魔物軍の大侵攻を防いだ功績は大きい。ギルドからランクアップの知らせもほどなく来るだろう」
「ありがとうございます」
「まあとりあえず、4ランクアップだろうな」
「4ランク!」
「ああモチヤマ、そなたは後から加わったからランクアップは少なくなるだろうが了承してもらいたい」
「了解です」
上ずりまくったトロベと平静な持山のリアクションの差は、やっぱり世界の違いって奴なんだろう。
ソウギさんもその対照的な二人に戸惑いの視線を送りながら頭を深く下げ、上げると同時に両手の親指と人差し指を立ててくれた。
「よほど此度の魔物襲来が重大事だったということか……」
「いわゆるスタンピードっての?」
「スタンピードは暴走でありますがこっちは人為的な攻撃であります。まあ人為的と言うか魔物為的でありますが」
「そうだな、とにかく十年前の悪夢を払拭できた……と思いたいな」
ソーゴは笑っていた。
十年前、魔物たちの前に何もできず蹂躙を許した人間の勝利。
確かにイレギュラーの連続ではあるが、勝利には間違いない。
「私がみんなを説得するから!ここにいて!」
「ありがとう……でも俺たちにはまだやる事がある」
「わかってる、シンミ王国に行くんでしょ」
「いや、この町でだ」
目を輝かせながら西へと案内しようとするソーゴを大川と倫子と持山に任せ、俺たちはまだ日の高い中を南東の「城」に向かって歩いた。
「ビニールの草をわざと作り、廃墟を演出した」
「汚れもおそらくは」
そう、三田川恵梨香の家。
ここに住み着いて一体何をやっていたのか。
「魔力は」
「感じません」
俺がインチキくさい傷のついたドアノブを回し、内向きのドアを開けた。
異次元空間につながっていたらどうしようかと思ったが、見たところ中身は普通だ。
だが、棚がおかしい。
「これは書庫なのか?」
「王宮魔術師でもこんな本はそうそうないぞ」
本、本、本。
しかもその大半が魔導書で、トロベ曰く相当難解な魔導書ばかりだ。
勉強好きと言うか、努力が好きなのか。いや、努力している自分が好きなのか、
「読めるか?」
「一応……」
俺らの世界にはない文字で書かれた本が並ぶ。と言うかトロベでもまともに意味が分かっていないようだ。
どうやったら読めるのか、これがもしチート異能だとしたら、三田川は無自覚な自嘲を行ってる事になる。
その全てを「努力」の二文字で終わらせそうなほどには怠惰な三田川を示すかのように、本以外にはベッドと机しかない。
使いこまれた机と椅子は、外見と違ってまともな汚れ方をしている。
「えっと……」
「セブンス?」
その机の上には、一冊の本があった。
その本を開き目を通そうとしたセブンスだったが、いきなり止まってしまった。
どうしたとばかりにトロベとオユキもやって来るが、三人とも?が頭に飛び交っている。
「は、に、だ……?」
「これ暗号?ちょっとハヤト」
二人が戸惑っている中、セブンスが気になって一緒にいた俺は赤井より先に、本の中身を見てしまった。
漢字だ。
俺らには、読める文字だ。
「オユキ……」
「ハヤト」
「これはおそらく…………日記でありましょう」
日記。それこそ人に見せたくない本の代名詞だ。
そんなもんをこの異世界で付けていただなんて三田川も案外可愛らしい…………なんて言えねえだろうな。
「俺が読む」
ぼっチート異能でも回避できそうにない闇に突っ込んで行くのを感じながら、俺はページをめくった。




