懲りない遠藤幸太郎
全くその必要もなく奪われた命。
魔王軍がやったよりずっと一方的で、野蛮で、残忍で、手前勝手な殺人。
「ミタガワエリカ……まったくどこまでも恥ずべき女であります……」
ツッコミを入れる気にもならない。
耳で聞いてる分には同一人物だが、三田川恵梨香とミタガワエリカは俺らにとってはまったくの別人だ。
三田川恵梨香はどんなに傲慢であっても決して学生の本分をはみ出さない、自分だけが認めていない天才。
ミタガワエリカは自分の正義のために人間の本分すらはみ出したただの殺戮者。
「国を築くためには屍山血河を築かねばならぬが、屍山血河を築いたからと言って国を築けるわけではない……」
「それも聖書の?」
「ああそうだ、国を築くという目的のためにトードー国の王も戦い、そしてキミカ王国の初代の王も戦ったはずだ。その結果多数の犠牲を生み出した、あくまでも国を築くためにな」
「あいつはサンタンセンでも無為に人を殺したんだよ」
一人殺せば殺人犯百万人殺せば英雄と言うが、目的もなく百万人殺しただけじゃただの殺戮者だ。
俺らがサンタンセンでのミタガワエリカの所業を話すと、ソーゴは天を仰いでしまった。
「なんでそんなひどいことができるの?」
「ロッド国とシンミ王国の戦争に付いてどれだけ知っている?」
「わからない、シンミ王国はこの村の少し西まで来た所で止まったから」
「国のためならば何でもできる、いわゆる忠義心と言うのは大事にされる。だがそれゆえに忠義心に寄りかかっているような人間は危ない。ロッド国民もシンミ王国民も、お互いの国のためと信じて敵国の人間を殺して来たのだ」
ミタガワエリカのやっている事はそれと変わらない。いやアル中やヤク中とも同じだ。
自分自身が努力している高尚な自分に酔っぱらい、それにふさわしい力を得ていると思い込んであんな事をやっている。
「あいつは本当に国を築く気かもな」
「だとしたら本物の馬鹿だけどな」
「他者をすべて愚と呼ぶ者は大愚か大賢かである。ただし大賢は目に映る小麦畑の一粒である、と言うであります」
自分以外みんなバカだなんて傲慢もいい所だ。
ある場所では自分のが賢いかもしれないが、またある場所では自分の方がバカってのが世の中のはずだ。
「ノーヒン市のマフィアたちはさっき見せたようなもんを持ちながら俺たちに負けた」
「結局は人間なのであります」
何もかも使いこなさせなきゃしょうがない。あんな文明があるんならもう少し他にやりようがあっただろうに、まったく今思うとゴッシも不憫だ。
「それではとりあえずどこか雨風の凌げそうな場所に」
そんで話は終わったしとばかりにビニールシートから腰を上げると、ソーゴと同じように薄汚れた服を着たおじさんがこっちに走り込んで来た。
「何事!」
「ノーヒン市から来た奴がいる!」
「我々はここに?」
「違う、一人っきりのデカい剣を持った奴だ!
さらにあのミタガワと同じように黒い髪をしている!」
俺たちがサッとそっちの方へと駆け出したのは、御身大事だったからかもしれない。
一応ソーゴと会うまでは黒髪だからと差別される事はなかったが、それでもソーゴの反応も全くごもっともでしかない。
「申し訳ありません、おそらくは!」
「いやあんたらは聞いてるよ、北のノーヒン市の魔物をぶち倒したって!でもそいつはノーヒン市の連中の生き残りだって!」
ノーヒン市の連中の生き残りに黒髪の奴がいたのかとか言う疑問を後回しにしながら、俺たちは村の北門へと戻った。
「うっ……」
目しか見えない銀色の仮面を付け、長くて大きな剣を持った男。
その男を見るや、倫子の毛が逆立った。
「どうした?」
「あれは、ノーヒン市で誘拐された子たちを見張っていた仮面の剣士……」
「するとゴッシの配下かよ」
俺は無性に腹が立った。
ただでさえ戦争や大義名分の恐ろしさに付いてソーゴに語るついでに自分たちが言った言葉におびえていたのに、ただでさえ統治者としてそのレベルの発想もないくせにあんな事をしまくっていたゴッシと言うエリートぶった奴を、俺は単純にぶっ飛ばしたくなった。
「ちょっとぶん殴って来る」
「だったらユーイチさん」
「要らん」
セブンスのヘイト・マジックをも押しのけ、俺は仮面の男に向けてにじり寄る。
ぼっチート異能を知らないブエド村の人たちが震える中、俺も同じように震えていた。
「……!」
「無駄だっつーの」
仮面の男は剣を斜め上に大きく振り上げ、返す手で斬り降ろした。
もちろん当たらない。
俺が刀を抜かないのに腹を立てるかのように振り回すが、結果は変わらない。
「ふざけんなよ……」
右手を振り抜いてのストレートパンチ。
いや、少し伸びをしながら避けようとしたのを追ったからアッパーカット。
小声と共に放ったその一撃が、ちょうど仮面の下側を捉えた。
「あれ何?」
「ユーイチさんの力なんです、ほらすごいでしょ!」
セブンスがソーゴに向かってはしゃぐ中、仮面は空を舞う。
そしてその仮面がノーヒン市の方に向かって顔を向けながら立つと同時に、俺は改めて憤りを膨らませた。
「遠藤!!」
遠藤幸太郎だ。




