魔王の家
————三田川恵梨香の家、と言うか、魔王の家。
そうとしか言いようがない小屋から離れ、俺たちはソーゴって言う女の子を中心に車座になって座り込んだ。
「って言うかこれって」
「大川も用意がいいよな」
しかし大川も一体どこで買ったんだか、こんなビニールシート。九人で座るには少し小さいが、だとしても地べたよりはましだ。
「あとこれも」
それでノーヒン市で買って来た缶ジュースを丁重に渡す(もちろんオユキに冷やさせたうえで)もんだから、すっかりソーゴの顔も明るくなった。
「残念だけどあんまり食糧はない、まあ少しはあるけど」
「じゃあ少しだけ、ってこれ」
「お前らしくもねえよなと思ったら、こういう事かよ」
ポテトチップスだなんて、まったく本当ノーヒン市は金さえ払えば何でも手に入るな。って言うかアルミの袋じゃなくて紙の筒のを買って来るとは、まったく携帯性をよく考えてるよ。
「これってどこに」
「ノーヒン市のお店で、銅貨十五枚」
「このブエド村とノーヒン市はどういう関係でありますか」
「何にもない。本当に何にも。ノーヒン市ってのができてからずっと、何にもない。おじいちゃんが生きてた時から、いやおじいちゃんが私ぐらいの時からあったのに」
改めてノーヒン市ってのは奇妙奇天烈な場所だ。このソーゴのおじいちゃんがソーゴぐらいだとするとおよそ五十年前、その五十年前に現れてからずっと何をやっていたんだろうか。トードー国に戦争めいた真似を仕掛けたのもここ十年ほどのようだし……。
「おじいちゃんは」
「あの町は危ない町だっていつも言ってたし、私たちはロッド国の人のつもりだったから全く気にしてなかった」
「ふうむ……実際ノーヒン市がこのブエド村に何かをしたと言う記録はなかった。しかしあの戦争が起きる前はそれなりに豊かだったはずだが」
「私は戦争が始まった年に生まれたからその前の事はわからない。わかるのは魔物たちがお父さんとお母さんとお兄ちゃんを誘拐して、返してほしければ石ころを渡してくれって言った事だけ」
このソーゴが何をしてたのかはわからない。だが戦争など知らなかった子からしてみれば、大事な大事な鉱石もただの石ころなんだろう。
クチカケ村と違う理由で鉱山と言う名のリアルな宝の山に振り回されてしまったソーゴに、オユキはそっともう一杯ジュースを差し出した。
「それでお父さんとお母さんとお兄ちゃんは」
「わかんない。生きてるか死んでるかもかわかんない。でもたぶん死んでる。石ころを渡したけど、それでもダメだったもん」
「それでおじいちゃんといっしょに」
「そう。おじいちゃんといっしょに畑を耕したりお料理を作ったりしてたの……。どんなに寒くても寂しくても、ソージローおじいちゃんと一緒ならば何でもできた気がしたのに、寂しくなんかなかったのに……」
涙がビニールシートに落ちている。
俺らに口で語る数十倍の思い出を持った存在。父母と兄を奪われたソーゴからしてみれば最後の身内。
そんなおじいちゃんことソージローを殺した三田川は、いくら恨んでも飽き足らない存在だろう。
「しかしどうやって」
「あの黒髪の女は、二ヶ月前にこの町にいきなり現れて、いきなり小屋を建てて住み着いたの。私たちも最初はどうと思ってなかったけど、それから一週間後のことだったの。とんでも木をたくさん持って来たの。それで自分たちの家を作れって」
一週間後。まるで近所づきあいもせず、どこで何をしているのかもわかりゃしなかったその女がいきなり戻って来て、どこからか切り出した木材を村の南東に置いたと言う。
そしてそれでホームレス同然だった荒れ村の住人たちに、ついでに取って来た大量の食糧————小麦やら肉やら干し魚やら――を供給し、労働と引き換えに食事をやる事にしたと言う。
「それでできたのが南西にある多数の家屋……」
「最初はみんな喜んでた、ようやく村がまともになる、ついでにお金ももらえたから」
「でもおそらくかなり早い段階で不満を訴えたのでは?」
「そうなの、回復魔法をやたら使いまくるの!」
「治癒の法は体に慈悲を与える、されど心に慈悲を与えるのは術者自身である。これは私が僧侶としてこの世界の力を与えられた際に四番目に受けた教訓であります」
赤井は祈りを捧げるように手を合わせながら聖書の教文を口にする。
ちなみに一番目は「女神より給わりし力なる事を忘れるなかれ」、二番目は「すべては弱き者のために」、三番目は「その力を己がために使うのは最後にせよ」だそうだ。
回復魔法は傷を癒し、体を守る魔法であるが、心までは癒せない。なればこそ術者は立派な存在としてあらねばならないって事なんだろう。
「毎日毎日、日が登ってから沈むまでずーっとやらされてたの。少しでも文句を言うとすぐさま回復魔法が飛んで来て、ほら元気じゃないって」
「まさかその上でさらに抵抗したら焼き殺されたとか」
「違うの、私ができたんだからあなたたちならできるでしょって、それであの女自身も毎日毎日日が登ってから沈むまでずーっと、しかも隣でやってた」
厄介だ。本当に厄介だ。
ただ後ろで威張っているならともかく、前に堂々と出て来られて自分たち以上の働きをされては反論の仕様がない。
その上少しでも反論しようもんならすぐに回復魔法と言う名の鞭が飛んでくる。あるいは太陽が沈まなきゃ24時間ずっと働かせていたかもしれねえ。
できるんだろうな。できちまうんだろうな。できちまってたんだろうな。
「それで一か月前、おじいちゃんは言ったの。
こんな事をしてたら村人が全員潰れてしまうって、体だけ丈夫でも心が持たなくなるって。みんなの代表として」
その結果、あいつは……。
「あんたみたいなぐうたら怠け者どもが一体何のつもりよ、せっかくこんな荒れ果てた村を立て直して元の隆盛を取り戻そうとしているのに!このサボり屋じじい!」
「そんな無茶な、我々も同じ気持ちで!」
あいつ(その間も木材を持ち運んでいたらしい)は一方的にソージローさんを罵ったあげく炎で焼き、消して欲しかったら私の真似をしろと迫ったらしい。
「それで私たちが無茶なって言うとつべこべ抜かすなと言われて、それでおじいちゃんが、おじいちゃんがわしを焼き殺しても構わんから休みを与えろって言うと、……何よ、何よ……って、本当に悲しそうに泣いて、泣きわめいて……」
そして「ああもういや!こんな怠け者ばかりの村なんか救う価値はなかった!ずーっとずーっと堕落してなさい!」って喚き散らしながらどこかへ消えちまったそうだ。
「ごめんなさい……私だって、あの女とあなたたちが違うのはわかってたけど……」
「こっちだって改めて詫びるより他ない。あれは我々の仲間だったはずの存在だ」
市村に続くように、俺たちは頭を下げた。
三田川恵梨香と言う名の、誰よりも有能で、誰よりも自分勝手で自己中心的で、それでいて下手に純粋な存在を…………。




