戦争の歴史
第十一章最終話です。
「カレーライスじゃないんですか~?」
「朝も夜も、ついでに昼もカレーライスかよ……やめろオイ」
エレベーターで降りてたどり着いた一階の食事スペース。
これまで幾度か利用したこの場所で出される事になったメニューは、ホワイトシチューとパンだった。
「これだけで銅貨十二枚はするらしい」
「カレーライスが二杯食べられますね~!」
「…………大丈夫でありましょうか」
少々壊れ気味なセブンスに引きながらも、俺たちはとりあえずメニューを待っていると、妙な匂いが鼻に付いた。
「あの、ちょっと席を変えていいですか?」
よもやと思った途端に市村が真っ先に立ち上がり、セブンスの手を引いて入り口の側の席へと向かった。
「まさかお酒」
「あっはい……」
「大丈夫だ、セブンスはお酒に弱くてな」
「しかしクリームシチューだなんて、この世界でも相当なディナーだろ」
それで少しだけセブンスは落ち着いたようだが、今度は倫子の顔に冷や汗が浮かんだ。
だいたい何があったか察した気になった俺が話を変えると、今度はトロベが深刻そうな顔になってしまった。
「おいちょっと……」
「いや何、とりあえずディナーを頂こうではないか…………」
そんなゴタゴタしたディナーを、無言で口に運ぶ。
「ちゃんと食べなきゃダメだぞ」
「そうだな!」
そんな流れを変えたのはやはり市村であって、俺じゃなかった。
市村のさわやかな四文字だけで、散らかっていた空気が一挙にまとまったんだからすごいもんだよ。
まあそんなこんなでとりあえずディナーを終えて2階のセブンスたちの部屋に集まった俺たちは、四基のベッドそれぞれに腰かけた。
俺の隣にはセブンス、赤井の隣にはオユキ、市村の隣には倫子、そして大川が一人でトロベを仰ぎ見ている。
「ではマサヌマ王国の話をしよう」
トロベは軽く手を振りながら、子どもの時から聞かされて来たと言うそのマサヌマ王国の話をし始めた。
「今から数百年前、四大王国によりこのヒトカズ大陸は平和に治められていた」
西側の地域を治めていたシンミ王国。
南東地域を支配していたロッド国。
東北地域を支配していたキミカ王国。
そして、山脈に囲まれた中央部を支配していたマサヌマ王国。
「マサヌマ王国は南方以外の三方向を高山に囲まれていた。一応北西部に道はあったがかなり細く、現在ではほぼ廃道だ」
「知らなかったよー」
中央の北西と言うとクチカケ村である。どうやらかつてのクチカケ村をもマサヌマ王国は領有し、シンミ王国とキミカ王国を分けていたらしい。
「そのマサヌマ王国がなぜ」
「今から数百年前、このノーヒン市があった付近でキミカ王国とロッド国が戦争を行った。
当然ながら数多の犠牲が生まれ、女子供老人構わず敵国人と見なされれば殺された。大地は荒廃し草一本生えぬ土地となり、そんな土地に価値はないと言う形で戦いは終わった」
「なんだよそりゃ……」
「ウエダ殿がそうなるのもむべなるかなだ、誰だってそう思うだろう……」
土地を得るための戦争ってのは古今東西付き物だが、それで土地をぶち壊すなんて馬鹿以外の何でもない。俺が額に手をやると、赤井やオユキも追従した。
「それでだ、その不毛な戦いを憂いたマサヌマ王国の大司教が、禁術に手を付けてしまった」
「禁術って飯がまずくなる」
「もっと大きな次元だ、そう、異次元からの存在を召喚する」
「召喚ってまさか」
「そう、魔王だ」
……魔王ってのは、そんな理由で出て来たのかよ。
「止めなかったのかよ」
「マサヌマ王国は女神様の教えが強くてな、と言うか女神様が降臨し大地を作ったとされる聖地もマサヌマ王国にあってな」
「ますます意味が分からんぞ!」
「女神様の教えが強すぎて女神様から乖離したのだ。司教たちが気に入らぬと言う理由で王を放逐したと言う話すらある」
その聖地に作った民がこの大陸中に広がり、そうして文明を興したってのがこの世界の始まりらしい。
で、そういう誇りが土台にあった上に南方以外ほぼ山に囲まれた閉鎖的な環境で宗教の力が発展、大司教とやらの力が王権をも上回り、王様さえも逆らえなくなって……となったらしい。
「ああちなみに魔物は魔王が出る以前から存在していた。だからこそその大司教も強い魔物ぐらいとしか思わなかったのだろう」
「それであっという間に」
「いや、実は魔王は出なかったのだ」
「あのなー!」
「正確に言えば、出ないふりをしていた。
魔王により密かに支配された司教たちにより、マサヌマ王国は聖書絶対主義になって行った」
「それによりどうなったんです」
「聖書を一言一句暗記し、それを正確にそらんじる事ができる者が優遇され、全てを聖書の教えにゆだねるようになってしまった」
出ないふりをして秘かに洗脳かよ……まったく恐ろしいお話だ。
確かに聖書の言葉をそらんじるのも才能だろうが、それだけで信仰心が篤いって事にはならねえだろう。
正直あのリオンさんとか口じゃ教会を軽んじてるけど実際にはめちゃくちゃ信仰心がありそうと言うか、下手な僧侶よりずっと女神様の教えとやらに近い生き方をしてる気がする。
まあ要するにそんな風に宗教の形を歪め、じっと国力を低下して行ったって訳か、とにかく魔王ってのはとんでもねえ策略家だな。
「とは言え、だとしてもマサヌマ王国を滅ぼした後すぐ」
「不思議な事にと言うべきか、魔王はマサヌマ王国を滅ぼすと急速におとなしくなった。このことについては確かな話がない。一説には……」
「一説には!」
「一説にはその際に勇者が現れ魔王の力を大きく封じたらしい。言っておくがこの話をしたのは我が兄イツミだからな、信ぴょう性はないぞ」
トロベも時にこんな事を言う。
正直オユキのダジャレよりも面白いのだがそれだけは胸の中にしまっておき、久しぶりに聞いたトロベの兄の事を思い起こし、そしてさっき声を上げたセブンスに向けて手を唇に当てたポーズをして見せる。
「その魔王が動く共にマサヌマ王国は一週間もしない内に滅び、今はすっかり魔王城と化している」
「当然ながら魔王の表出は世界を混乱させたでありましょう」
「だが先にも言ったように魔王軍はそれで力を使い果たしたのか急速におとなしくなり、恐れる事はあっても一気に潰すと言う流れにはならなかった」
「まさかそこで独立戦争でありますか」
「ああ、魔王の出現からちょうど二年後から始まったトードー国を巡る独立戦争によりキミカ王国はシギョナツやサンタンセンへの支配力を失い、晩期には戦争に必要な物資を調達する商人たちの方が王家より強くなってしまったほどだ。キミカ王国の最大版図からすれば、現在のそれは十分の一以下しかない。リョータイ市込みでも五分の一以下だな……」
つくづくバカバカしい。
とんでもない存在を目の前にして人間同士で争い、その結果キミカ王国は衰退した。何の意味があるんだか本当に!
「それで話は少し飛ぶが、実はロッド国王には途中から、マサヌマ王国の血筋が入っていたのは間違いないようなのだ」
「ロッド国に!?」
「マサヌマ王国から亡命した一部の司教が信仰篤きゆえに力を得て、中途から王家に入りそれにより……ああこれは私の推論だが、かつて我がキミカ王国も亡命マサヌマ王国人を受け入れておりそれゆえに…………」
で、こうなるのかよ!
信仰心を秘めたゆえの復仇のための出世が、権力のための出世になり、権力をつかんだ段階で原点回帰による過剰な神と聖書への信仰がもたらした結果がこれかよ!
本人たちにしてみれば大マジだったんだろうけど、その結果が本来倒すべき魔王軍を無視しての戦争と、それに伴う魔王軍干渉、そして国家分断。
「…………ウエダ殿」
「ああ、少し胃が痛くなった」
「ウエダ殿は実に優しいな。だが残念ながら戦争はあるのだろう、ウエダ殿の世界でも」
人間ってのはどこ行っても変わらねえのかもしんねえ。
それでも俺は、目の前の敵を討ち、元の世界に揃って帰るまで、止まる事はできない。
「ユーイチさん……!今夜よかったらそっちに」
「今日はお前ここだろ!」
で、セブンスがいきなり落ち込んでいた俺の手を取って立ち上がり、俺を引きずりながら出入口に向かって大股で歩き出した。
「俺が代わるよ。大川、トロベ、オユキ」
「エレベーター、我慢できるか?」
「やってみせます!」
市村のイケメンな後押しを受けてセブンスはグイグイと歩き出す。
害意がないせいかぼっちになれない、って言うかなんだよこの力は……。
「私ならユーイチさんを癒してあげられますから!」
「……ありがと」
そんな情熱的な彼女と一緒なのに頭が奇妙に冷えていたのは、たぶん後ろから飛んで来た「ペットボトルをペッと吐き出す」ってオユキのギャグのせいだろう。
うん、そうに決まっている……。
上田「この後は?」
作者「本編に続く外伝を三日かけてやり、その後三人娘編をやり、そして本編かな」
上田「かなって!」
作者「三人娘外伝を二話以上突っ込むかもしれないんでね、それで……」




