隣町の天才のウワサ
今俺が通っている高校の偏差値は、54。平均より微妙に高いと言うレベルに過ぎない、いわゆる普通の学校だ。
実際、俺の頭の出来もそんなレベルだ。
小学校時代、俺は塾に行かず、通信教育もせず、人並みの勉強を人並みにして来ただけの児童だった。
「しかし天才っていると思う」
「いるらしいよ、隣の地区の小学校にとんでもない天才少女が」
それで4年生の夏休み直前ごろから、そんな噂が上がり始めた。
何でも飛び級があればもう中学三年生レベルの成績、しかもそれ以外にも様々な学問に手を出しては成果を上げていると言う日本の未来を担いそうなほどの天才らしい。
天才はどうやって天才になるのか。図書室に行って偉人の伝記を見たが答えなんか書いてない。
いろいろ尾ひれも付いているが、それでも一度は御目にかかってみたいなとか考えながら俺は立ち聞きを続けた。
「でお前ら夏休みの宿題はどうしてるよ」
「7月21日から1週間カンヅメ」
「毎年8月下旬はしゅら場」
「本当お前らわかってねえよなあ、毎日30分やりゃ24時間できるぜ」
言っておくがもちろん俺は輪に入れない。側にいるとしても相槌を打つだけで話を振って来られる事もまれにしかない。
「ああ上田いたのか、お前はどうだよ」
「俺は、先にやっちゃう派かな」
たまに振られたとしてもこれ以上に話は進まない。モブキャラの一意見として取り扱われ、そのまま消えて行く。
しかししょうがない。
嘘だったんだから。
自分ではそのつもりだったのに、気が付くと遊んでいる。遊んでいる間に7月中が8月上旬中になり、8月中旬の間になる。
それでも消化はされているが、結局8月下旬までやる事が残る。4年生の時に最後の宿題を片したのは、8月27日だった。
「河野」
「はぁ……」
その原因は、はっきり言って河野だ。
いざ数時間単位で籠ってやろうとすると、いきなりチャイムや電話を鳴らして関わって来る。来るなよと言わんばかりの顔を見せてやると、ものすごく暗い顔をして去って行く。
「裕一……」
「さぼって8月31日にギャーギャー言うのやだから」
「それはそうだけどね、速美ちゃんはせっかく裕一と一緒にいろいろしたかったのに」
「一緒に宿題を解き合うならいいって伝言しといて」
俺がそうそっけなく言って机に向き合うと、母さんもなぜか不機嫌になる。どうしてなのか。勉強するのがダメなら、逆にどうしろと言うのか。そんな気持ちになっちまうもんだから鉛筆がやたらと重くなり、一日中の予定がいつの間にか一時間になっている。
ゲームは一日一時間ならぬ、宿題は一日一時間。そんな家庭がどこにあるんだよ。
「……今日はもういい」
「そうそう、休みの間も毎日コツコツと、それが先生のお願い事なの。あんまりガーっとやっちゃうとスタミナが切れて後半だらけちゃうからね。もちろん8月31日にあわてふためくのは良くないけど、ずーっと遊びっぱなしってのもね」
結局その日は午前中で宿題を切り上げて昼間は河野の家でずーっとゲーム。遅ればせながらやって来た俺を見た河野は本当に楽しそうにしてたけど、こっちは気もそぞろだった。
「何、裕一ったらどうしても宿題したかったの?」
「ああ……」
「はぁもう…………裕一って本当に気が弱いんだから……お母さんも言ってたでしょ、毎日毎日コツコツやるのが大事だって、ねえママ」
「そうよ、裕一君、うちの速美はまだだけど、夜に一時間ずつやってるんだから」
そんな俺に対しての先生と、母と、河野の母と言うトリプルアタックは重すぎた。
それで半ばあきらめたようにゲームに集中した結果、十勝十敗。不思議なほどに五分五分だった。
「楽しかったね!」
「ああそうだな」
でも、いくら勝ってもテンションが上がらない。今思うと、俺じゃない誰かがコントローラーを握っていた気もする。
負ければ「やったー」、勝てば「強かったね」。喋っているのは河野ばかりで俺は終始無言だったかもしれない。
「本当にノリが悪いんだから、じゃあ明日は目いっぱい勉強すればいいよ……」
結局そんな俺の本音を見抜かれたか、河野は昼間に誘いを渋った時以上に暗い顔をしながらスイッチを切った。
こんな時、どんな顔をすればいいのかわからない。何も悪いことをしてないのに後ろ髪を引かれる思いになりながら、俺は玄関を出ると同時に背筋が寒くなった。真夏だったのにだ。




