異世界人としての俺ら
「ずいぶんと肩重そうですけど」
「重いもんたくさん背負ったからな、正直筋肉痛って奴が来ないのがむしろ怖い……」
「そうですか、でもこの宿屋さんも人がいっぱいみたいで、ちょっと残念です」
年取ると一日空けて来るとか言うけどな、なんでまだ十五歳なのにんな心配しなきゃならねえんだろう。
俺は赤井と市村の定宿で、セブンスと共にベッドに座りながらそんな心配をしてた。しかしセブンスはなおも働く気なのかね、俺も働いてたけど。
「二日間も歩いて来たんだ、足も疲れただろ?明日いっぱいぐらい休め、今日稼いだ金で半月は泊まれるはずだぞ」
「しかし思うんですけど、ユーイチさんの世界ってやっぱり」
「剣なんかほとんどねえし、って言うか俺らの年代で生き物を殺すような奴はほとんどいねえ。っつーか、直接働きに出て金を稼ぐような奴もごくまれにしかいねえ……」
「そうなんですね……」
戸惑いでいっぱいになっているのがわかる。俺だけじゃなく市村から、俺らの世界の話を聞いたんだろう。ぼっちならともかく二人、いや三人から話を聞かされれば信じるしかないだろう。
赤井が好きなアニメだのゲームだのなんてもんはもちろん存在せず、漫画だなんてありゃしない。一応小説はあるようだが、それとて王宮レベルの娯楽で俺は見た事がない。赤井は見た事があるらしいが、いささかばかり刺激が強いかそれとも単調でつまらんかのどちらからしい。
「それこそ朝から晩まで気合を入れて働かなきゃなんねえのは同じだろうけどな、まあ」
「私は単にユーイチさんの役に立ちたいだけです」
「じゃあ休んでくれ、俺も休むから」
毎日午前六~七時に起きて、朝飯を食べて、学校へ行って授業をこなし、そして部活動で汗を流して家に帰る。それで宿題があればそれを行い、ついでに予習でもする。それが俺の一日のルーティンだったはずだ。土日も陸上の練習の時間が授業時間に取って代わるだけで何も変わらない。
それ以外はと言うと、文字通り寝るだけ。ぼっちの俺には仲よく遊ぶお友達なんかできやしなかった。それでも箱根駅伝って言う夢があった以上寂しくはなかったけど、それでも実に単調な日々だった。
「言っとくけどな、無理をして体を壊すなよ」
「そうですか?どんなに疲れてても一晩ぐっすり寝れば元気になれるんですけど……」
「ただでさえ二日間歩き通しだったんだ、市村もそういうお前の身柄をはばかってこうして守っててくれたんだ。市村もいちいちいい男だよな、お前の事を真摯に考えてくれてて」
「そうでもありませんよ」
どうやら市村はセブンスに休めと命じてたらしい。実に正しい判断だと思うが、それを嫌がるだなんてどんだけなんだ?そう言えば半ば強引にこの宿屋に押し込む前からセブンスは少しふらついてた。
重たそうだからって俺が荷物を全部持ったせいだろうか?それとも単に長旅に疲れたからか?いや後者はねえな、そういや俺も気が付くと一晩寝るだけで疲れが取れる体になってたから。
っつーか寝て起きるだけで疲れが消え失せるだなんてどんだけ都合のいい体だよ。
「市村を振るようなやつって初めてだよ」
「あの人はわからない人だと思います」
「遠藤よりは話が通じると思うぞ、あいつはもうダメだ」
「遠藤とは、ユーイチさんの」
「あいつはもう少し頭を冷やさない限り仲良くなんかなれない。友達なんぞ一人もいない、女の子と手を握った事なんかもう数年ない俺が言うのもなんだが、今の遠藤は危険物だ。少し商人の娘と話しただけで素性怪しい奴だと思い込むような、そんな男だ」
人を見たら泥棒と思えでもないけどな、あんな風にぎゃんぎゃん襲い掛かって行ったら身が持たねえだろ。もし遠藤がセブンスや俺のような一晩寝るだけで疲れもケガもまるっきり消え失せるような力をもらっていたとしても、それでも心は容赦なくすり減る。俺だって、初めてゴブリンを斬った時には二日間引きこもりになった。
赤井や市村と共に三人一緒にこの世界に来たはずの遠藤は、この世界の理不尽にすっかり打ちのめされてる。元の世界ではそれこそ勝ち組リア充に属する部類だったはずなのにだ。そういうくくりで行けば赤井や市村だってそのはずだったのに、なんで差が付いちまったんだろう。
「おいちょっと来てくれ」
俺は隣の部屋でじっとしていた市村を呼び付け、市村を俺のベッドに座らせ、そんで俺はドアの前に立ちながら二人を半ば幽閉した。
「ずいぶん強引だな」
「赤井は」
「疲れたと言って聖書を読み終わると横になったよ。それで何の話だ」
「遠藤だよ、聞いてるだろ?」
「ああ聞いた。まあ俺がパラディン、赤井が僧侶の力を得た一方で、あいつは豪戦士の力を得た。あいつの剣は俺やお前のよりずっと大きく太く重く、まともに降り抜かれれば受け止める事はできない。うっかり受け止めた副頭目が剣どころから肉体すら真っ二つになったからな」
「ああそうかい、ってかそんな光景を見せられてお前らはよく平気だったな」
「最初に王城で見た時は驚いたけどすぐ慣れたよ、と言いたいけど実際血が噴き出る所を見た時は目をむいたよ。赤井などは落ち着け落ち着けって遠藤をたしなめてたけど、遠藤は当然の報いだとか言ってたな…………。
しかしそう考えると赤井はツイていたいたかもしれない。白魔法しか使えない僧侶と言えば情けなく聞こえるが、それでも自らの手で命を奪う事はない」
剣ってのは金属の塊だ、その金属を叩き割るだけでもものすごいのに、それを真っ二つにしちまうだなんてどんだけ恐ろしいんだ?俺がもしそういう力を手に入れ、デーンと対峙している際にその力に気付いちまってたらどうなったか。俺はデーンを殺し、セブンスからも恐れられ避けられていたかもしれない。そうなれば文字通りのぼっちだ。
「でもユーイチさんはそんな事はしないですよね」
「しない訳じゃない、遠藤がああして理由さえあれば敵になる事がわかっちまった以上、厳しい言い方だがクラスメイト=味方とは限らなくなっちまった」
「覚悟をしているのならばいいと思います」
片田舎であるミルミル村でさえ、俺らかしてみれば血の多い(血の気の多いじゃなくて)場所だった。それを見て育って来たセブンスにしてみれば俺が血を流す事は決して大きな問題じゃないのだろう。
「で、俺は明日も仕事受けたいけどさ、お前は」
「ああ、赤井と一緒に任務を受ける約束が入っててね」
「それいいな、俺も乗っかれないか?」
「残念だがXランク以上じゃないとダメな任務だぞ、まあYランクでも俺らの力があればねじ込めるが、と言いたいけどお前はダメだな」
「でも内容ぐらい聞かせてくれてもいいじゃないか」
そんなら明日もそのつもりで稼いでやるかとばかりに先達様に歩み寄った俺だったが、市村は右手を顔の前で振った。
「報酬高いんだろ?」
「ああ、金貨三枚ぐらいな。一応ねじ込んでもいいけど、報酬は俺らよりかなり安くなるぞ」
「わかった、どうか頼むよ。城ってのも見たいしな」
「見るだけで終わるであります」
「似てないぞ」
くだらないものまねをしながら、俺らは語り合った。修学旅行の時もこんな会話は何もなく、あったのはただ良くも悪くも静かな夜ばかり。先生からはウケがよかったたけど、ただそれだけだった。




