それでもぼっチートは健在です!
道路の右端では一人のノイリームが、五人の俺の固まりに向けて刃を振り降ろしていた。
目の前にいた一人目の俺の頭を狙ったその刃は髪の毛を数本散らしただけで終わり、二人目の俺の首に到達するはずが急に横に曲がって首の数センチ前を通過し、そのまま三人目の俺の胸を捉えるはずが急に外側に回り、四人目の俺の胴を狙ったはずなのに目の前の空気を斬り、五人目の俺の脚を斬ったはずなのに脚ならぬアスファルトへと刺さった。
もちろんこの間に五人の俺の刃を受けてそのノイリームは青い血の海に沈み、そのまま二度と呼吸をする事はなかった。
また左端では三人のノイリームが俺を狙って前後左から頭・胸・胴を狙って剣を突き出していたが、全て外れてお互いを刺し合うと言うみっともない自爆が発生していた。
何よりひどいのは、右側にいた俺に左から突き出した刃が当たりもしなかった事だろう。ひどい打撃を受けたノイリームたちは当然、俺と俺によって斬り殺された。
不思議なほど客観的に、俺は戦場を眺める事ができていた。
あっちこっちで全ての俺が全てのノイリームの攻撃をいなし、同士討ちを誘い、なおかつ同士討ち起こさないように正確に動いている。
たまに髪の毛が散る事はあったが、それで傷を負う物でもない。
「……………………」
「ああっ!」
「ぐわああ!」
「しまった!」
「魔王様ぁ!」
金属音はやかましいが、それ以外の音はない。
誰一人会話もしないまま、それどころか気合いを入れるために声を上げる事もなく、無言で命のやり取りをしている。
一方でノイリームたちからは断末魔が上がり続け、大都会を青く染めて行く。
「痛いと言う声すらない……」
「こっちが押しているとは言え……」
不気味だ。ノイリームの方からは声と言うか悲鳴が響きまくるが、俺たちは何も声を上げていない。
市村もトロベも、得物を抜きながら戦争を傍観している。目一杯背伸びして、目一杯戦場に立とうとしている。パラディンの姿も、騎士様の姿もそこにはない。
エクセルも必死に戦場を見つめながらもまるで動けず、大川も完全な荷物持ちと化し、オユキは寒さを感じる事もないはずなのに震えている。
「赤井!」
「万が一が起きないとは限らないのであります!」
赤井はこの場に唯一鑑賞可能な存在として無理矢理声を張っているが、それでも顔は青い。
この旅の間に太った体格相応に愛嬌があったはずの顔は少し引き締まっていたが、もしこんな引き締まり方だったらたるんでいた方がましだって言いたくなるような顔で、正直三田川でもない限り歓迎などできない。
戦争の仕掛け人と言うべきセブンスはと言うと、千人全ての俺を見守るかのようにじっと立っている。
柔道の試合に臨む大川や、命がけの斬り合いをするトロベよりも、ずっとカッコいい顔で。
「まったく、ブエド村で取れたこの鉱石から鍛え上げてられた剣をもってしても!」
そんなセブンス率いる俺軍団に向かって本物のノイリームも必死に剣を振り、時にはあのノイり~ムが見せた以上の速度調整をもって俺たちに襲い掛かるが、ブエド村とやらで採れた鉱石製の剣はいつまでも本領を発揮する事なく、空気だけを斬り続ける。
そしてもう一人。
「ええい!」
河野も空を舞いながら剣を振るうが、決定打を与えられない。
元から空を飛びながら剣を振るなど無理があるし、河野が持つ双剣そのものもそんなに鋭くはない。河野とノイリームのスピードと手数が違いすぎるとは言え、ノイリームたちの数もケタが違う。守りの弱いノイリームの防備を破れないほどの武器で千人ものノイリームを狩るのに一体どれだけかかるのやら。
(剣って本当に非効率な武器だよな)
確かに剣はカッコいいが、しょせんはすぐそばにいる単体の敵を殺すのにしか使えないし修練を要する。それに比べて銃は引き鉄さえ引ければ誰でも遠くから敵を殺せるし、ミサイルだなんてなおさらだ。もちろんそんな事の繰り返しが何をもたらすかは明白だが、河野のその声こそがこの場において何より力のある俺の理屈の証明者だろう。
一人のノイリームを斬るに付き1秒かかるとすれば千人で16分40秒だが、俺の見立てでは10秒どころか1分はかかっている。単純計算で16時間40分、夏至でも日が登った直後から沈む直前までやっても終わらないって事になる。
「魔王は、この世界を手に入れるためにこんな事までするのか?」
「当たり前だ!魔王様は圧倒的な力をもって、争いを繰り返す人間たちを支配してやろうと言っているのだ!お前は知らないのか?キミカ王国とトードー国の戦争、シンミ王国とロッド国の戦争、そしてマサヌマ国の悪事!すべて人間の愚かさに起因している!」
「魔王が人間より賢いかどうか、俺にはわからん!」
本物のノイリームらしき存在が例によって例の如くと言うべきか人間の愚かさを責め立てるが、俺としては他に何の言いようもない。
「口答えするな!」
しかし少しお茶を濁しただけでこの調子とは、ノイリームも相当混乱しているのかもしれない。少なくともいら立ってはいるだろう。
「静かにしなさい!」
「何をする小娘!」
だがそのノイリームに、もう一人いら立っているだろう存在が飛び込んで来た。
「これ以上裕一に変な事を教えないの!」
「貴様は何のつもりだ!」
河野は飛び込むような姿勢で浮かびながらノイリームに向かって高速で剣を振り続け、他のノイリームに狙われたのを確認するや高速飛行を繰り返しながら本物のノイリームを狙い続ける。
静寂と悲鳴と金属音が支配していた空間に小悪魔と女子高生の声が響き渡り、ほんの少しだけ空気も変化した。
「ほんの少しだけ……でありますな」
「ああ、ほんの少しだけ……な」
その間にも、次々とノイリームの分身が散って行く。
俺たちは、依然として全く無傷だった。
全ての攻撃が、俺をハブり続ける。
「まだ強いのがいます」
だがノイリームたちの中にも、ひとり強いのがいた。
まるで本物やあのノイり~ムのように圧倒的な速度を持ったそのノイリームが、十人の俺たちに向けて横薙ぎにせんと突っ込んで来た。
————だが、当たらない。
十人全てが、ノイリームの刃からハブられたのだ。




