1000人の俺vs1000人の悪魔!
千人分の、上田裕一。
刀を抜き、鎧を着て小手を付けた十五歳の男。
「正直……その……」
「気持ち悪いって言いたいの?悪いけど私もそう思うから……」
前後左右、どこを見ても俺、俺、俺。赤井たちの立ってる場所もわからないほどに俺。
正直、大川の思う通り気持ち悪い。
「数には数で押そうと言う訳か。なるほどこれは本気でかからねばならないようだ」
「何これ、裕一が多すぎる……!」
河野も浮かび上がり、そして剣を振りながらも震えている。
そしてノイリームはまったくビビっていない。むしろこの状況を楽しんでいる。
「おそろしき敵よ……」
「だとしてもです!この力、あのゴッシが手に入れていた本の力を使えば!オユキさん、本当にありがとうございます!」
そんな本どこにあったんだよと思いきや、どうやらオユキがこっそりと探して見つけていたらしい。
「いいギャグの本でもないかなーって、ほんと本って難しいよねー」
「クククククク……!」
……まあ理由とせっかく人並みにこの状況を恐れていたトロベがどうなっちまってるかはさておくとしてもだ。
「と言うか大川」
「昨日、上田が平林を慰めてる間にね、私たちはその本をセブンスに読ませてたの。三人とも夜の明るさにも慣れてたけどね、それでも寝る間を惜しんで必死に読破する辺り本当に強いよね」
この異世界にやって来て驚きの一つは、夜の暗さを感じた事だ。
太陽が落ちるとそれこそ真っ暗闇に包まれ、せいぜいが月明かりかランプか焚き火。蛍光灯なんてありゃしない。
当然の如く夜盗(野盗じゃない)の見張りも大変な仕事であり、ミルミル村では一晩中立ちっぱなしで居た事もある。
だがこうして都会の夜に戻って来ると、本当に夜の明るさを感じずにいられない。セブンスも夜の明るさに戸惑っていたけど、にしても適応力の高い事高い事……。
っておい、どうしたんだセブンス、いきなりひとりの俺の肩に手を当てて!
「そして!」
そしてって何だよと思っていると、セブンスの手から赤い光がそのひとりの俺に注ぎ込まれて行くのが見えた。大都会の真ん中、大渋滞状態の最中でも、はっきりとその存在を確認できるほど強い光が。
セブンスがそうやってひとりの俺に少しだけ力を送り込むと共に、千人の俺が、一気に赤く光り出した。
その赤い光が誘蛾灯のように、ノイリームたちを引き寄せる。
「くっ、やってくれる!」
本物のノイリームが楽しくなさそうに捨て台詞を吐く。どうやらこのヘイト・マジックで分身たちの魔法防御力を突破したらしい。
「逃げるしかない!」
市村の言葉と共に、俺たちは俺たちをかき分けながら後退した。
そんな俺らと入れ替わるように千人の「俺」が向かって行く。
(ったく流れ弾は本当に厄介だからな……)
あの分身たちに振り向けられる攻撃を思うと俺は心が痛む。
何せ千人である。
大通りのようになっていて一応上下二車線分+歩道の幅があるとは言え、千人ともなると何十列になるかわかりゃしない。
こんな中にいたら明らかに巻き込まれる。
俺を狙ったはずの攻撃が俺をハブって流れ弾となり、どこか別の場所を狙ってしまう。それが俺のぼっチート異能。
そしてセブンスはヘイト・マジックにより俺たちに力を与えている……。
「っておい、有効なのか!」
「ですけど!」
「一人の俺をぼっちにした刃は、残る俺を巻き込むんじゃないのか」
俺たちの後ろに入った俺、自分の力に気付いた俺はつかみかからんばかりにセブンスに問い詰めた。
俺が昨日銃弾により負傷したのは、あのゴッシが俺ではなくドアノブを狙ったからだ。
ドアノブを狙った事による跳ね返りからの狙い撃ちまではできなかったようだが、それでもどこを狙うわけでもなく飛び散った木片は結果として俺を傷つけ、打撃を与える事に成功していた。
ゴッシが俺の能力をどう知ったのかはわからないが、いずれにせよ俺の力は集団戦法には向かない。ああ、笑い声が聞こえて来る……
「大丈夫です、ユーイチさんは全てユーイチさんなんですから!」
「赤井!」
「補助魔法をかけておくであります……」
セブンスに任せるしかない以上、俺たちがああだこうだ言う権利はない。だがそれでも、心配な物は心配だ。唯一この状況に何とかできそうな赤井に頼み、必死に自分を慰めようとする。
そんな風に必死に落ち着こうとしている間にも、敵は迫っている。
「さあ行け!」
「頼みます!」
千人対千人による戦い、いや戦争が始まった。
剣と剣がぶつかり合い、車のクラクションが鳥のさえずりに思えるほどの音が、高速道路じみた車道に鳴り響く。
目の前では俺がノイリームと斬り合い、右斜め前では俺が三人のノイリームに囲まれ、左斜め前では俺と俺がノイリームを囲み、上では俺が小さくジャンプしながらノイリームに斬りかかっている。
「そこ!」
それに河野が混じって上空から斬りかかっているが、決定打は与えられていない。
もちろんそんな河野の存在がこの場を正常たらしめる事もなく、道路を埋め尽くすほどに高校一年生と小悪魔の戦いが敷き詰められている。
俺たちの居場所はない。
「この!」
俺がいらだちに任せて後ろを向いたノイリームに斬りかかるが、俺により先に俺に刃を浴びせられてノイリームの青い血がアスファルトに流れる。
「おい上田!」
「一番、肝心な……!」
市村の言葉にも俺のいらだちは高まって行く。
俺がこんなにも戦っているのに、俺が何も出来ないだなんて許される訳がないだろう。
「ここは信ずるのだ、セブンスを!」
「でも……」
「足元を見ろ!いや下がれ!」
トロベの叱責を受けて、俺は後ろ歩きしながら前方のアスファルトに目線をやった。
「青い、青すぎる……!」
青い血が、アスファルトを染めている。
そして、赤い血がない。
全ての俺が、ノイリームたちの攻撃からぼっちになっている……!




