遠藤幸太郎
「おい貴様何やってるんだ!」
二十本ほどの剣を担いでやって来たその男は、俺を見るといきなり殴りかかって来た。
もちろん俺には例のぼっチート異能があるので当たらないが、それでも男はすさまじいまでの声を出しながら俺をにらみつける。
「お兄ちゃん怖いよぉ……」
「大丈夫だ、助けてやるから、俺が助けてやるから!」
「遠藤君ではありませんか!」
遠藤と言う名前に釣られて俺が助けてやるとか好き勝手にわめいている男の方を向くと、確かにそこには遠藤幸太郎の顔があった。
安物っぽい銅製の鎧を着て、背中にコボルドの剣を背負った、坊主頭のなれの果てみたいな髪型の遠藤幸太郎が。
「赤井……お前は昔から気に入らなかった、やっぱりそんな」
「エンドーのお兄ちゃん、あっち行け!」
「完全に嫌われたであります、商売に差し支えるでありますよ」
「あのな遠藤、やってる事がチンピラと大差ねえよ……」
俺がため息を吐きながら歩み寄ると、遠藤は急に顔を青くしてしまった。俺の存在に気付いたのかギルド内で暴れる事の意味に気付いたのかはさておき、何をそんなに熱くなってたんだろうか……ああ、情けねえ。
「すると何か?南の城に二人と一緒にやって来て、お前は戦士になった訳?」
「ああな。その時俺は、この世界の事を知らされた。いかに」
「あなたの演説など聞きたくないであります」
遠藤はようやく落ち着きを取り戻したような顔をして座りながら早熟茶を飲んでいる。
もちろんモモミって子からは、すっかりチンピラ呼ばわりされて二度と頼んであげないとか叱られてな。
「それでよくもまあずいぶんと高値を付けられたものでありますな」
「……お前は何とも思わないのか?この世界を」
遠藤が持ち込んだコボルドの剣二十本の値段は、銀貨五十枚だった。
俺とえらい違いであり、差額はギルドで騒ぎを起こした弁償にされたんだろう。バカだなあ。
って言うか、あれだけ騒ぎを起こしておきながら速攻で目を据わらせるんじゃねえよ。
「別に俺は、お前が強いのはどうとか、俺の職業がどうとか言いたい訳じゃない。それから上田、お前が無事だったって事についても喜んでいる」
「喜んでいるような相手が健在だってのにいきなり殴りかかるか?」
「あれはだな、お前がだな、変態かもしれないと思って……」
「意味が分からん…………ああもしかして俺があのモモミって子に手を出すとでも思ったってのか?」
「ああ」
ここまではっきり言われると、もう呆れるしかない。こいつは人の事を何だと思ってるんだ?
冒険者のライセンスって奴を見てみると俺より上のXランクだけどよ、こんな調子でどんな依頼を受けて来たんだ?
「それがその、遠藤君は当初よりシンミ城の中で過ごしたせいで、まあ私と市村君もそうなのでありますが」
「シンミ城!あの城は、あの城は……!おい話を聞け上田!」
シンミ城って言う、三人が最初にやって来たここから少し南にあるお城の名前だそうだ。その城の名前を連呼しながら、遠藤は震えている。
「お前変わったな、悪い意味でだが」
「俺はこの世界から一刻も早く抜け出したい。なるべく早くな」
「あせっても仕方ないだろ、だいたい何がどうして」
「ああ、山賊を我々と共に討伐しに行った時にでありますか」
「ああそうだ、それをお前らは何とも思わなかったのか!」
「あの時はむしろあなたが大変だったのであります…………」
ギルドマスターが、無言で早熟茶を俺の前に置いてくれた。飲んでいいのかと言う目での合図に応えるようにギルドマスターは首を縦に振り、俺は遠藤から目を逸らしながら茶に口を付けた。
それで赤井の話によれば、ペルエ市とシンミ城の間の山道は山賊の住処で、しかも山が険しいせいかなかなか全滅と行かず何度も対峙した事があるらしい。
三人がその山賊団壊滅の仕事を請け負った際に一つの山賊団の親玉が、あのモモミぐらいの娘を捕まえてとても言えねえような事をしていたらしい。それで赤井が必死に回復魔法をかけたから命は助かったけど、いわゆるPTSDをやっちまって今でもまともに親以外と会話できねえそうだ。
「ああ、あの子か……本当いい子だったんだけどな、すっかり赤ちゃん返りしちまってよ……まあ実際問題、あっさり殺すよりいつ何時殺されるかわからねえって恐怖を味わわせた方が罰は重いだろうからな……」
「ああそうですよね、ああそうですとも!」
「あのさ、怒らねえからさ、もっと正直に言えよ。まだなんかあるんだろ」
そんな納得いきそうな理由を聞かされた上でさらに問い詰めてみると、なんと城の中で二十歳と十一歳のカップルが出来上がってた事がこの不機嫌の理由らしい。
しかもぶっちゃけラブラブだと。
「……リア充爆発しろってか?」
「おかしいと思わないのか!?」
「それこそあれほどの規模を誇る国ともなれば政略結婚など致し方なき事、それでどこのどなたかその組み合わせを非難していたでありますか?」
「口には出さないだけで、してただろ!」
「三十五歳と二十六歳のカップルをお前は許せないのか?っつーかお前はモテてただろ、この世界でも!」
「そんなの関係あるか……とにかくだ、こんな所に居たら俺たちはおかしくなるぞ、早く健全な社会に戻ろうじゃないか……なぁ、なぁ…………」
酒も飲まねえのにここまで酔っぱらえるかね本当……さっきまで青かった顔が真っ赤になり、急に口数が増えたと思ったら雇い主、っつーか命の恩人同然の人間の事をグチグチグチグチ……。
「お前、ぶっちゃけ相当に恥ずかしいぞ?」
「俺は恥ずべきことなどしていない!だいたいお前はなぜこの状況を楽しめる!?」
「イケメンが台無しだっつーの……落ち着け、ほら落ち着け」
そしてしまいには泣き出すと来てるもんな……あーあ、どうしてこうなっちまったのかね。
「おーいギルドマスター、この酔っ払い連れて帰っていいですかー」
「頼むよ。ったくもう、このコータローって奴だけはどうにもな……仕事はきっちりするけどそれ以上に気の荒さが目立っちまってね……それで何かあるとこうして当たり散らすんだよな……このままじゃXランクも危ないって言ってるのに……」
俺らはギルドマスターさんに遠藤の悪癖が伝染する前に、非常にわかりやすく寝ちまった遠藤の体を宿まで引きずる事にした。
「眠り覚ます魔法ってないか?」
「あれば使っているのであります……ああ市村君、彼を宿屋まで運んでほしいのであります……」
ああ、マジ肩重い…………。