カレーライス
第十一章です。第二部も後半戦です。
上田「なんで章題に前編なんて付いてるんだ?」
作者「それは後のお楽しみ」
倫子を救った次の日の朝、食堂に通された俺たちは目を丸くした。
「この世界にもカレーライスと言う物があるのでありますな……」
まさか朝飯からカレーライスとは驚いた(ちなみに昨日の夕飯はコロッケとパンと野菜サラダ)が、それでも丸一日命がけの運動をして来た以上さほど重たさは感じない。
「イチローは朝からカレーライス食べてたけどね」
「イチロー?」
「俺たちの世界のアスリート、いわゆる運動選手の中の頂点の人だ。俺なんかとは格が違い過ぎる」
「私ともね」
それにしても郷愁を誘う香りであり、思わず泣きたくなる。
「後でコンビニでその手の物がないか探してみようか……」
「うん……」
市村や大川でもこうなってしまうのは必然かもしれない。俺だって本当なら無言で何杯でもおかわりしたいぐらいだ。
まあもっとも俺らには水の当てはあっても火の当てはない、ましてや電子レンジなんてどこにもない。良くも悪くも自分勝手なお願い事だ。
「それにしても、ユーイチさんたちの顔と手がものすごいです」
「食べもしないのにおいしいってわかるってすごいねー」
「これが日常食なのか……」
それでセブンスたちがまったく手を付けていない程度には、俺たちは衆を圧倒する喰いっぷりをしていたらしい。コメその物とシギョナツに行くまで縁がなかったせいもあるが、それ以上にカレーの匂いがスプーンと手を動かしていた。
「リンコもすごいね」
「ああごめん、ちょっと、ちょっと……」
「唇に米粒が付いてるよ」
「すみませんつい夢中になっちゃって」
三田川がいれば一週間はグチグチと責めて来そうなほどに気が緩んでいる倫子の姿は、どこまでも幸せそうだった。
「とりあえず食べてみるべきであります」
「うむ……」
赤井に勧められて一斉にカレーを口にしたトロベたち。セブンスは丁重に、オユキは元気よく、トロベは実に礼儀正しく食べ物を口に運んだ。
そして口に入れた瞬間、さらに見事に分かれた。
「ふむ、食べた事のない料理だがなるほどウエダ殿たちの顔が緩むのも良くわかる。これは一体何と言う成分なのだ」
真顔のまんま、俺たちにも困る質問をしてくるトロベ。
「これいつも食べてるだなんてすっごくうらやましいなー!」
単純においしがるオユキ。
「本当、本当すごくおいしいですね!」
そして、食いしん坊のセブンスは案の定と言うべきか俺たち以上にパクつき始めた。まったく、俺ら以上に食べるスピードが速くて本当礼儀も何もありゃしねえ、言っちゃ悪いけどさ…………。
「この細身の体でこの食事量、痩せの大食いと言う言葉はこの世界にも存在するのでありますな……」
「何を今さら……」
オユキとトロベについては昨日の段階である程度特徴を把握していた倫子だったが、その上で昨日死線を共にしたはずのセブンスの振る舞いに少し目を丸くしていた。
「上田君の事が大好きなんですよね」
「そうです、ユーイチさんは私に、いろんな事ろ」
「食べながらしゃべるな」
「……はい、ユーイチさんは私にいろんな世界を見せてくれた人なんです。ずっとちっぽけな、失礼ですけど小さなミルミル村に籠って暮らしているだけだった私の所へいきなりやって来てくれて!」
「うらやましいなあ……」
「まさにラブラブであります」
ゴッシと戦っていた時のセブンスは、誰よりも強く、たくましく、機敏だった。
あとそれからあの「グベキその3」と戦っていた時も他の誰よりも強く心を持ち、難敵を見事に退けたのだと言う。
「逃げたと思いきやいきなり私たちの前に現れてな、命がけで阻止するかと思いきや」
「適当に戦闘したら逃げたのか……あんなビルから……」
「それにしてもあのエレベーターとか言う代物は慣れぬな……二階にしてくれて助かったぞ。その点でもセブンスは強い」
「私だって怖かったですけど、ユーイチさんを追いかけるには絶対こっちのが速いと思うと耐えられました」
オユキもトロベも、あの十一階までのエレベーターでかなり参っていたらしい。ゴッシを倒した後は階段で降りようとまで言ったほどであり、実際それだけの距離を降りたのに平然と立っていた以上人間の強弱ってのはわからないもんだ。
「私も他のクラスメイトの事をたくさん聞いたわ」
「ああ、無事な奴もいれば敵味方になっちまった奴もいる。そしてまだ藤井・田口・持山の三人とは出会っていない」
「そう……それで剣崎君はどうしたの?」
「剣崎?」
「上田君はあのビルの十一階で剣崎君と戦ったって言うけど」
「私たちは剣崎君を見ておらず、変わりに数名のヤクザがいたであります」
俺たちがカレーライスにかぶりついている間にも、みんなこの世界で生きている。
辺士名のように牢屋に入っちまったのもいるが、それでもとりあえず生存確認はできている。
しかしグベキのようなアイテムを持っていたわけでもなかったはずの剣崎が、どうしていなくなっていたのかはわからない。強さを上げる訳じゃなく帰還用のアイテムを持っていたのかもしれないが、だとしてもやはり不自然だ。
「とりあえずさ、ユーイチたちの仲間が全部無事だって事は紛れもない事実だし」
「まあ、それはいいけどな」
確かにそれはいい。とは言え現地人にここまでの犠牲者が出ていると言うのに、俺たちの人的被害がゼロなのはいささか都合が良すぎる気もする。
「あの、このカレーライスってのもう一杯食べたいんですけど、お金」
「あのな……」
まあ、セブンスを見ているとそんな事を考える気にもならなくなって来るけど。




