少女モモミ
「あんたって案外欲張りなんだね!その上に力も足りてるし」
「私は嘘は申しませんであります!」
三十四本もの剣を抱えて戻ったギルドで、俺が勧められるままに早熟茶を飲み干しながらぐったりしている最中、赤井は我が事のようにテンションを上げてやがる。
そりゃまあ自分たちのメンツを込めて推薦した奴が活躍したとなれば株も上がるだろうけどよ、なんかズルいよなあ。
「それで報酬はやっぱり銀貨一七〇枚で」
「初任務だから少しサービスして一九〇枚だな。にしてもさ、本当に強いよな」
「さすがにもう手が上がりませんけど……ああ赤井、銀貨出すから治癒魔法使ってくれない?」
「任務外ですからただで構わないであります」
ああ、背中が痛え。五十キロってのがこんなに重いとは思わなかった。治癒魔法のせいで少しはましになったけど、本当に大変な仕事だねマジで。
でも村の中での俺のひと月の所得が一七五枚、ほぼこれ一回と同じとなるとそりゃまあこんな仕事やめられねえよな……。
「もちろんこの鉱石をまとめて南の城の鋳幣所に護送する任務もある、でも何せある種の宝の山だからね、こいつはYランク冒険者には無理だよ」
「え?」
「え?じゃないだろ、これだけの戦果を挙げられたんだからZランク冒険者なんぞもったいない、Yランク冒険者に昇格だ」
「ああもう、俺なんか一年かかったのによ、俺もいっそさ……」
「ちょっと、髪の問題じゃないよ。もうあんたはYランクどころかXランクなんだから、まだもう少しいばれるだろ」
そしてついでのように、俺は昇格した。たった一日どころか数時間での昇格に、嫉妬されると思いきやむしろ感心された。
そのXランク冒険者だっておじさんは、実に意欲にあふれた目をしていた。自分だってやれる、負けてたまるかと言う気合いがみなぎってる。うん、大丈夫そうだな。
「俺はこれから赤井たちの宿へと向かいます」
「そうかい、まあ十分体を休めておくれ。明日一杯寝ててもいいけどな、Yランク冒険者様……」
「えーYランク冒険者様~?」
もう用件が済んだ事に気付いた俺がきびすを返そうとすると、やけに明るい女の子の声が聞こえて来た。真っ赤なワンピースを着て、金色の髪に青い目って言うこの世界のスタンダードっぽい女の子。
背中にはなんかの荷物が入ったカゴを背負っていたその女の子のは走りながらギルドの門をくぐり、俺の左手に引っかかってバランスを崩した。
「きゃっ!」
「おいおい大丈夫か」
俺があわててその子の小さな手を握ってやり、赤井共々なんとか直立させて事なきを得た。竹かごにも見えるけど、実際に竹が使われてるのかどうかはわからないそのカゴの中身はすんでのところで落ちず、髪の毛に乗っかりそうになっていた。
「奇跡とは案外簡単に起こるものでありますな」
「これはただの反射神経だろ、お互いやるじゃねえかとは言えるけどな」
女の子は黒目黒髪の俺らによって自分が転ばずに済んだことに気付いてか、ずいぶんといい笑顔になってる。俺のせいでもあるんで俺は目を逸らしたが、それでもその子は物珍しいだろう俺らをじっと見ている。
「でありますお兄ちゃん、その人がYランク冒険者さん?」
「モモミちゃん、彼がたった今Yランク冒険者になったユーイチさんであります」
「ふーん、そうなんだー」
モモミって子は実に純粋そうに、裏表のない目をして俺の顔を見てる。でありますお兄ちゃんとか言うあだ名で呼ぶことを許すあたり赤井とは顔見知りなんだろうけど、赤井は一体どんな人脈をこの世界で築いたんだろうか。
「ああごめんなさいマスターさん、お届け物!」
「はいはいありがとうな、にしても最近そこのハヤトやマサキ、それからそこのユーイチって奴も早熟茶が好きでな。ミルミル村の早熟茶がかなり人気でな」
「そうなのー、私完熟茶しか知らないけど早熟茶も飲んでみたいなー」
「そういう事を言ってはならないであります!」
「うわー、でありますお兄ちゃん怖ーい」
早熟茶こと緑茶の地位はこの世界では低く、完熟茶こと紅茶に比べれば庶民のお茶だ。
実際この酒場にも酒の飲めない人間のためにもミルクと一緒にお茶もあるけど、完熟茶一杯の値段で早熟茶が四杯飲める。
お酒もタバコもハタチになってからの世界で生きて来た俺らからしてみれば、こういう場所で飲めるもんは本当に少ない。異世界まで来て日本の法律に縛られるのかよとか笑いたければ笑えばいいが、そんでももしかしたら自分が酔って何か取り返しのつかない事をしちまうんじゃねえかよって恐怖はある。ニュースとかでよく見て来たよ、酒気帯び運転とか酔って暴れてとかの暴行や暴言で全てを失う人を。
「いるんでしょ、こういう所でも酒に酔って暴れて壊したりしたやつとか」
「たくさんいるよ。だからさ、酒も飲まずにきっちり任務をこなしてくれるお前らはありがたいんだよ。あとはこれで完熟茶でも飲んでくれればなおいいんだが」
「そうなのー、私も本当は完熟茶とか運びたいのに、パパったらいつまで経ってもこんな安いのしかやらせてくれないんだもん。あーあ、私ももっと大きなの運ぶ仕事したいなー、お金動かしたいなー」
赤井もそうだけど、このギルドマスターもモモミの父親も商売人なんだろう。
俺ら冒険者、まあウェイトレスも同じようなもんだけど、体力を使ってその代価で金をもらっている。これも一種の商売だ。
「ねえユーイチお兄ちゃん、私から」
「あーダメだよお嬢ちゃん、まだYランクなんだから、最低でもXランクじゃないと」
「えー、だってでありますお兄ちゃんはお話が長いしー、お友だちのお兄ちゃんは顔ばっかり良くて私のお話全然聞いてくれないしー」
本当なら遊びたい盛りなんだろうな、俺だってそんな時期もあった。
でもいつの間にかぼっちのまんまあっという間に過ぎちまって、かけっこばっかりしてるうちにいつの間にか陸上部に入って箱根駅伝目指すことになって、そう思ったら異世界で魔物を殺してて……あーあ、まだ十五歳だってのにいったいどんだけ経験すりゃ気が済むんだ?
「まだギルドやってますよね、どうか剣を……っておい貴様何やってるんだ!」
そこにやって来た第五の訪問者、ざっと二十本ほどの剣を担いでやって来たその黒髪の男は、俺を見るといきなり殴りかかって来た。
本当、箱根駅伝は生きる糧です、ハイ……。