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大川の愛

「ゴッシ様を殺したの!お前が殺したの!」



 俺の胸を殴ろうとしてその前で止まってしまう現象を繰り返しながら、黒猫娘は泣いていた。


 文字通りの死闘を終えたビルの一階にて、傷口を縛られた少女の泣き声が響き渡る。

 たった八人きりの空間で。


「三人目のグベキは逃げたであります……しかも二度も逃げたのであります……」

「しかしグベキってのが三人も出たとなると…………」


 それにしても「グベキ」か、なぜまったく個性の被る事のない、女って事しか共通点のないような存在が俺らの邪魔をするのか。


「やっぱり……」

「やっぱりとかって逃げるんじゃない!覚えてなさい、絶対に、絶対に!」


 考えをまとめようとすると言うか逃げようとする俺に対し、クタハは必死に食ってかかる。あまりにもむなしい拳の連打もためらうことなく行い、少しでも打撃を与えようとしている。


 そんな少女の体を、持ち上げて抱いた奴がいた。




「あなたが大好きなゴッシって人は、この町の素晴らしさをみんなに教えたかった」

「そう、そうすればみんなもっと便利に」

「だからこれからはあなたがそれをやるの」

「でもこいつら、いやお前の仲間は」

「ゴッシ様とやらのために死ぬってのは、今すぐ死ぬことと違うの。ゴッシ様のために目一杯生きて、立派になってゴッシ様の所へ行くって事なの」




 大川が、クタハを抱きながら撫でている。



まさしく母親の愛、そしてその強さ。




 さらに、実績。


「クタハちゃん……」

「あなた誰」

「私はサテン。このオオカワってお姉ちゃんに面倒見てもらったんだけど、すごく強くて頼もしくて」


 平林の危機をセブンスたちに知らせたサテンって狐耳の子は、身振り手振りしながら大川の事をほめちぎっていた。


「それから子守唄ってのも教えてもらったの。お姉ちゃんやってあげて」

「わかったわ」


 大川はクタハを揺らしながら、子守唄を歌った。



 まったく、血生臭い事この上なかった空間が、確実に温かくなる。ここに神林がいればとか言うないものねだりはさておき、大川の歌が進むたびにクタハの目から険が取れて行く。


「俺にはとてもできなかった事だ」

「それどこで覚えたんだ」

「私、ひとケタの年齢のいとこが三人いてね。それにこの体型だから子どもの遊び相手任されちゃって」

「素晴らしい体験であります…………」


 そんな雑談の間に、クタハはすっかり眠ってしまった。

 本当に安らかな顔をして、幸せそうだ。


「だがおそらく、彼女はトードー国には帰らないだろう」

「とは言えこのビルはもうとても使えないでありましょう。少なくとも十二階は……」

「死体の回収をするか」


 死体の回収、清掃。エレベーターがあるとしても果てしなく手間がかかる作業だ。ましてや、あんな血まみれのそれを運ぶなど。



「経験がない訳じゃないけどな」

「ええ……!」

「でも今回は遠慮したいであります……一応教文の一つは上げたでありますが……」

「神の救いは救いを憎む者には届かず、か……」


 正確には「神は信ずる者にも知らぬ者にも嫌う者にも等しく救いを与える。されど救いを嫌う者には救いを与えない」となるそうだ。

 軽んじていただけで嫌うまでは行かないにせよ、あのサムライの国でさえあったはずの女神信仰の跡が、ここには全くない。




「とりあえずビルを出てホテルへ行くか」

「しかしこんな格好で」

「血って案外簡単に落ちるのよね」


 血は落ちにくいってのは俺らの世界の常識だった。だがこの世界に来てから、いくら返り血が飛び散っても、適当に洗えばあっという間に元通りになっていた。経年劣化とか言う概念もないかように丈夫なままで、ってのはまだわからないとしても、とにかく汚れは落ちやすかった。


「ゲームだとずっと同じ装備を身に付けている事は珍しくないでありますが」

「女神様の思し召しと言う物かもしれぬ…………」


 いずれにせよ平林や二人の獣娘の服も何とかしてやらねばならない。入店拒否されたらトードー国まで帰ればいいと思いながら、俺たちはホテルへと向かった。



「死体がないであります」

「不思議なもんだな」


 そして、やっぱりあれほどまでに殺したはずの死体はなくなっていた。


「死体その物が消えるのはやはり変なの?」

「その通りよ倫子」

「でも死体以外がなくなるのは珍しくないであります…………」


 遺品回収とか言う体裁のいいもんじゃなく、ぶっちゃけ剥ぎ取り行為だ。

 死者の持ち物であろうと何であろうと使えるなら同じって事で、市価よりはぐっと安くなるがそれでも初心者用に使い回される事は多々あるそうだ。もちろん僧侶によるお祓い及び洗浄が必須だが、そんな任務もギルドにはしょっちゅう張り出されていた。


「八村もそういう依頼に幾度も関わって来たらしい。そんで最近はその手の任務のエキスパートが現れたからって」

「きれいごとだけじゃ生きていけない事、知ってます。ここに来てから私、そういう物かき集めてわずかなお金もらって生きて来たから」



 どうしてこんな立派な奴がこんな無駄に苦しまなきゃならねえんだろうか。


 もしそれが成長のためだとか言うんなら、俺はそんな運命を作った奴を恨みたい。







「これはこれは、ウエダ殿」

「えっ!?」


 そんな怒りを抱え込んでいると、目の前にちょんまげ羽織袴鎧の男の人が現れた。

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