平林倫子乱入
「まさかお前、平林倫子か!?」
人狼ってのがどんな生き物なのか、実際に見たわけではなかった。
だが今の平林倫子の爪と牙、狼の耳。
それが純粋な人間のそれでない事はわかる。
「上田君無事だった!?」
「一応な」
どこの誰がこんな筋書きを用意したのかわからないけど、本当に数奇な運命だ。
巨大ビルの最上階で刀を持って西洋風の鎧を着てる俺の救援にやって来たのは、人狼と化した同級生の女子。
それを取り囲むのは銃と真剣を持ったスーツのおっさんと、槍を投げ飛ばされたスーツのおばさん、そして猫耳娘。
って、そんな事はどうでもいい。
「平林、戦えるか!」
「もちろん!」
今の俺らに重要なのは目の前の敵をどう倒すかだ。
まあとりあえずは槍を失ったナクヨからだろうと思って後ろを振り向く、槍よりももっと厄介な得物がそこにあった。
「あんたもそれを持ってたのかよ!」
黒光りするL字型の物体、他ならぬ拳銃。平林は毛を逆立てそうになっていたが、案の定行き場は俺らじゃなかった。
「なんて事を!」
「彼女は逃げる気はないんだ、どうして殺してくれなかったとか思ってねえんだ」
「なんで!?」
クタハは恨みつらみの籠った目つきでこちらを見上げる。自分に力があればお前らを取って食ってやるとでも言わんばかりの目でにらみ、さっきも叫んだように死んでもたたってやる気満々なんだろう。
「やめなさい、そんな事しても何にもならないわよ」
「なるから。私を見捨てるような奴に負けたって言いふらせるから」
「そんな乱暴な理屈一体誰が信じると思う!?」
「まさかゴッシ様を殺す気!?」
「ああそうだ!」
剣を持ち出しておいて殺さないで済むだなんて甘ったるいお話はない。もう後戻りできない所まで来ている以上他に言いようもねえ。
「上田君……」
「悪いけど今の俺の立場はこんなだ。お前だって」
「わかってる、でもこの子だけは」
「おまえはゴッシ様に逆らう一番悪い女。ゴッシ様がいくらでも慈愛を与えていたのに逆らい続け、未来のゴッシ様を担う人材をぶち壊した悪い女。お前は絶対、ゴッシ様に殺してもらう」
背中に銃を突き付けられながら、クタハは笑っている。
話の通じなさを感じた平林が失望に囚われる中、それと対照的な表情が二人の大人に浮かんでいる。
本当に救いがたい大人たちだ。
「だからさ、もういい加減おとなしくあきらめて」
「あきらめて何をしろってんだよ、へこへこしろってのか」
「そんな事は言わない、私の次の王の座を」
「トロベでも笑わねえよそんなギャグ、それぐらいなら俺の望みをとっとと叶えろ」
とりあえず平林は無事なようだが、それでもまだ他の獣娘たちをどうにかしなきゃならねえ。トードー国から連れ去った子たちを全員解放してくれるんなら、今すぐ尻尾を撒いて逃げ帰ってもいいってのもまた現実だ。もちろん平林も含めて。
「もう、坊ちゃん嬢ちゃんの背伸びには付き合い切れないわ……現実をご覧なさい、そして自分のした事の罪を思い知りなさい」
「クタハ……文句なら好きなだけ言え。だが他にも道はあったはずだぞ」
「ナクヨさん、とっととやってください」
この間にすっかり覚悟を決めちまった俺に目をやる事もなく、クタハは自分勝手に吠える。もういい加減、痛痒を感じさせられない事に気付くべきだろうに。
「あーあ……かわいそう、本当にかわいそう……何もかも手に入れるチャンスをあたら無為にするなんて……本当、っ!」
そんな死刑囚を強引にでも生かそうとする善意って奴は、何も一つじゃなかった。
俺の事を前ばっかり見ていたと言っていたナクヨが、もう一度背中から攻撃を受けたのだ。
「ユーイチさん間に合いましたか!」
「セブンス!」
「ヘイト・マジックです!」
ナクヨの背中に刺さる、一本の剣。
そしてその剣を投げ付けた人間による、俺の必殺技。
「これが!」
「これが、今の俺の必殺技だよ!」
その必殺技が発動した途端、余裕ぶっていたゴッシが一気に怒り顔になった。
「平林!セブンス!俺から離れろ!」
「はい!」
「うん!」
そして二人とも、素直に俺から離れてくれた。セブンスはドアの後ろに、平林は部屋の右隅に。
よしこれで勝った!
「キミのような頑迷な人間、これ以上生かしてはおけない!」
「俺には当たらない事わかってるだろ!さっきのようにな!」
銃弾が放たれる。
俺は目を背ける事もせず後ろを向き、まずはナクヨを退治せんとした。
槍のない彼女に向かって刀を振り降ろし、そのまま心臓を突き刺す。ただでさえセブンスの剣が背中に刺さって出血多量の女にここまでする必要はねえかもしれねえが、それでもまだその手には拳銃がある以上無視はできない。
「ちょっと上田君!」
「大丈夫だ平林俺には」
「違うその子!」
だが刀を振り降ろそうとした俺に入り込んだ、平林のその子と言う悲鳴とその行く先に、俺は覚悟が失せていくのを感じた。
ほんの一瞬だけでもセブンスはドアの後ろに隠れてるぞとか言おうとした自分を恥じ、そして改めて銃弾の破壊力を知って頬が痛くなった。
「おいクタハ!」
「クタハちゃん!」
クタハの右腕に、鉛玉がめり込んでいる。
ぼっチート異能の力を考えればありうる話だったが、まさか二度も邪魔されているのに逃げようとしないとは思わなかった。
「何をする、痛い、痛い……!」
「わかったらセブンスのとこまで行け!」
「お前、お前が、お前が避けるから!」
どこまでも俺を責める。主人さまのために俺を責めようとする。
痛みで涙を流しながらも、ひたすら健気に、いたいけに。
「赤井が治してくれるはずだ!」
「お前の味方なんかに、世話にならない!」
「クタハちゃん、あなたが今すべきなのはその傷を治す事よ!」
平林の忠告にも耳を貸さず、クタハは俺の胴にしがみ付いた。
もちろん、俺を狙った誤射を自分に当てさせるため。
ったく、「俺への害意を持った攻撃」と見なされねえとは参ったぜ本当……。
「もう頑張る必要もないんだよ!」
「私は、私はっ……!」
更なる銃弾が俺に向けて放たれ、それが今度こそクタハの命を奪うってのか!
「えええ、いっ!?」
俺がクタハを抱えたまんまゴッシに向かって刀を振り降ろそうとすると、いきなり体が軽くなり、バランスを失って倒れそうになった。
そしてそこを突くかのように放たれた銃弾は、俺の体をすり抜けていた。
俺の後ろにいた、俺の。
そして俺の後ろにいた俺の刀に当たり、真っ二つになって落ちた。
「私はあなたを許しません」




