無敵の人
「だからあなたは坊やなの!」
「てめえ……!!」
体を震わせながら上目づかいで訴えかけるクタハの上には、まるでギロチンのように槍が構えられている。
抵抗すればこの娘の耳の間に槍を落とすと言う事か!
「彼女たちはあなたたちの大事な存在なんでしょ?」
「彼女たちはお前たちの被害者だ!」
「そう?あなたたちがすこーしだけでも威張るのをやめれば、この子は助かるのよ?」
「お前の上司は彼女をこの世界に自分たちの素晴らしさを伝える存在だと言ってたがな」
人質。
完璧な人質。
俺たちに言う事を聞かせ、さらに金を搾取するためだけにいさせられている存在。
「何言ってるの、彼女たちは立派に私たちの素晴らしさを伝える役目を果たしているのよ。トードー国では金貨一万枚で人が売られているの?」
「俺は知らんぞ」
「トードー国にだって身分はある、キミカ王国だってある。私たちは知ってるのよ、金貨百枚なんて高値で人間が売買されてない事を」
「適当な事を抜かすな」
俺がナクヨをにらみつけながらベッドから降りてやると、ナクヨの槍が少しだけ猫耳に近付いた。本当にいちいち嫌らしい槍だ。
「あなたって絶対女の子にモテないわよ」
「何を今さら、俺は元からモテねえよ」
「だからね、おとなしく言う事を聞いてくれればいいの。なんでこんな簡単な事がわからないのかなあ……」
嘘偽りのないため息が、俺の心をえぐる。
こいつは本気の本気だ。
「おい……ミタガワはもういらねえっつーの……っつーかお前もミタガワの傀儡かよ……」
「ミタガワ?それはあなたのお友だち?」
「あれがお友だちなら全人類と友だちになれるよ、絶対無理な人種だ」
ミタガワのようにうぬぼれ屋で、自分勝手で、それでいて決してからかう部分がなく真剣。より悪い事に、実力も伴っている。
いや、もっと最悪な事に、行動力まである。
「力だけで押し潰すような奴はな、力がなくなったらすぐ潰されるんだよ!」
「力じゃなきゃ何なの?世の中ね、全て力で出来ているのよ。愛?友情?それらだって立派な力よ、決して軽んじてはいないわよ」
「意味がちげえんだよ、押し潰すために使うなって言ってるんだよ!ほら見ろ泣いてるじゃねえかよ!」
さっきはあんなに気丈にゴッシ様ゴッシ様言ってたクタハが、殺されそうと言うか捨て駒にされそうになって泣いている。
どんな手を使ったのかはわからねえがすっかり洗脳して置いて、いざとなったらこれって……!
「なんで、なんで……」
「そうだよ、ふざけんじゃ」
「なんでゴッシ様の素晴らしさがわかんないのー!!」
へえ…………!?
「私はね、ずっとつらい思いをして来た!トードー国トードー国って言うけど、私はずっとひとりぼっち、家族にも要らない子扱いされてきた!
そんな私を拾ってくれたのがゴッシ様なの!私はゴッシ様に全てを捧げる!そして世界のすべての存在を!ゴッシ様の手で!このような世界に!」
全く、本当に澄み切った顔をしてやがる!
泣きわめきながらも、この二人と同じように自分たちの正義は絶対だって信じてる。かけらも疑ってねえ。
あるいはこれまでの生活を上書きされたのかもしれねえが、だとしてもこうも情熱的に身振り手振りの上に涙まで流されると真剣さが伝わって来やがる。
「おいお前、ゴッシ様のために死ぬ気か!」
「そう言ってるじゃないの!」
「お前が死んだって俺が考えを変えるかどうかわからねえぞ!」
冷たい事この上ない言い草だが、真剣に考えてる奴を目の前にしてはぐらかすのは逆効果だって事ぐらいはわかる。
実際、河野は俺が何の言い訳をしてもすぐさまその答えを当てちまう。そんな奴と十年近く一緒にいて、俺は言い訳をする事をあきらめた。
「んな事になったらお前は無駄死にだぞ!それでもいいのか!」
「別に……だってそれでも勝ちなんだもん」
「勝ち!?お前の勝利条件なんなんだよ!」
「ゴッシ様を悩ませる奴を悩ませる事!ねえ私の事が大事ならば今すぐゴッシ様に従ってよ、そうじゃなきゃ死んでも呪ってやるから!」
棒立ちのまま吠える俺に向かってクタハも一歩も引かない。
もし手元に刃物か毒薬でもあったら自らその命を絶っていたかもしれないかと思うと心底ぞっとする。
「すると返事は決まったのかね、彼女を殺してもいいと」
「天は自ら助くる者を助くと言う言葉が俺の世界にはあるんだよ!助かる気もねえような自殺志願者を救えるほど俺は立派じゃねえっつーの!」
その間にゴッシが立ち上がって見下ろして来やがった。
本当に死んでもお前らなんかにいい思いはさせてやらないって教育を染み付かせているようで、どこまでしたらこんな自信満々になれるのか、ちっともうらやましくない。
「もっかい言うよ!わざわざひとりのお味方を失っておいて失敗したらどう責任取る訳!」
「それは私たちの前で無駄に背伸びした坊やのせいじゃない」
「責任なんか死んでも負いませんってか、てめえはミタガワ以上のクズだな!この野蛮人が!」
野蛮人野蛮人言ってるが、こいつらの言い草のがよっぽど野蛮人だ。
赤井や市村でもなく、全く無関係どころか身内同然の存在を人質に取るなんて猿芝居を繰り広げ、ただひたすらに服従を求める!
あっ、何だか顔が歪んで来たぞ……
「野蛮人……?」
「そうだよ!そのやり方はどんな国よりも野蛮だよ!トードー国よりもキミカ王国よりも、マフィアが支配してるエスタの町よりも!!」
リオンさんもラブリさんも、こいつらよりずっと人間的に優れていた!こんなふざけた連中より!
「血を浴びたいのね!こんないたいけな子の!」
「小さきゃ弱いだなんて考えは十年前に捨てました!だいたいそんな敵意を込めた目でこっちを睨むような奴がいたいけな訳があるか!」
「わかった……死ぬ、死んでやる…………ナクヨさん!!」
ああ、槍が振り降ろされるのだろう。
いささか腹立たしさと悔しさはあったが、それでも仕方がないとも思った。
赤井たちには、何もかも正直に言おう。
「うおおおおお!!」
全ての感情をごまかすつもりで叫び、ナクヨへと向けて俺は突撃した。
「全てを見ておきなさい!!」
また少しだけ上がった槍が、自殺志願者の頭へと……
「な……!?」
なくなっていた。
ナクヨの手元からクタハに向けて振り降ろされるはずだった槍が消え、ゴッシに向けて飛んで行く。
ゴッシはベッドから飛び退いて逃げたが、その後ろの真っ白な壁に大きな穴が開いた。
「何よいきなり!」
そう叫んだのはナクヨではなくクタハだった。
覚悟を決めていたはずなのに、全てを外された。感情の行き場を失った顔をしてこっちをにらみつける黒猫娘を前に、俺は首を振り回す事しかできなかった。
槍投げの主は、一体どこなのか。
俺がその疑問を回収する間もなく、この部屋に第五の訪問者が到来していた。
狼の耳と尻尾を生やしながら四つんばいになり、さらに口元から牙をのぞかせる人狼の少女。
「まさかお前、平林倫子か!?」




