偽善
「槍が通っていないであります!」
トロベさんが突き出したはずの槍が、グベキその3の背中を突き刺していません。
「手ごたえがない!?」
「そこだ!」
その隙を突かれたか、また別のシュリケンがトロベさんの頭を捉えました。
「あっ!?」
まあ頭には兜がありますし大丈夫だと思っていたら、その兜が後方に飛んでガイロジュに当たったのです。
木がへこみ、いや倒れる音が鳴り響きます。あわてて探知魔法を使いますが誰もやって来る気配がありません。
「この!」
「そんな一撃が効くと思うか!」
とりあえず幸いだという訳でもなく必死に剣を振り降ろしますが、やっぱり傷は付きません。
「そんな!」
ヘイト・マジックがまだ生きているのでグベキその3は背を向けてはくれましたが、それでも攻撃が背中を捉える事はありません。
「凍っちゃえー!」
オユキさんも二刀流の氷の剣を振り降ろします。見るからにきれいな剣、その剣を通してみると灰色の少し野暮ったい建物がきれいに見えて来ます。
ですがその二本の氷の剣もまた、当たる寸前に弾かれて砕けてしまいます。
「この指輪の力があればお前らなど雑魚でしかない!さっさと消えろ!」
「いつでも消える!この国に囚われしトードー国民をすべて解放するのであれば!二度とこんな事をしないと言うのであれば!」
「このノーヒン市の文明がいかに優れているか、我々がいかに強靭であるか、なぜわからぬ!?お前の国に真っ当な排せつのための施設があるか!?人も使わずに銅貨十枚で飲料が買える機械があるか!?遥か高くまであっという間に行ける道具があるか!?」
その間にもグベキその3は刀を振りシュリケンを投げながら、自分たちがいかに素晴らしいかを力説していました。
「剣は神をも斬り、魔をも斬る。剣を振らずに見せて勝つは最上、されど見せて勝つががために見せるは下劣」
「勝手に見に来ておいてその言い草?まったく、これだから下賤の民は!」
「万物は命を成した時から神の目を受ける。神はその為し様を見ているのだ、良きに付け悪しきに付けな!」
「神様神様と、その神の名に依存している連中にこんな町が作れるというの!」
聖書の一節を叫びながら、トロベさんも対抗しています。本当にトロベさんって人は凄いです。本当にユーイチさんが言ってた通りです。しかしそれでもグベキその3はまったく動揺する素振りもなく、恐ろしい速度で舌を回しています。
はっきり言って耳障りです。
しかしそんな耳障り極まる存在を、私たちは未だに倒せていません、出血が止まっていないように決して無傷ではないのですが、それでもその先の一撃を誰も与えられません。
「なぜだ?なぜ抵抗する!?」
「あなたも心あればわかるはずでしょう、彼女たちの悲しみが!」
「まったく、これだから負け犬どもは!」
そんな繰り返しによりだんだんと心が弱って来た私たちを突くかのようにグベキその3はわざとらしく疑問の声を上げ、私たちの四方からの直撃したはずの攻撃を無傷で受け止めながら飛び上がったのです。
自分の体が強く押されるのを感じながら剣を振りましたが、やっぱり届きません。
「見切った!」
「それはこっちのセリフ!」
それでオユキさんの氷の矢とトロベさんの槍を交わし、そしてそのまま包囲網から抜け出してしまいました。
まるでユーイチさんのぼっチート異能みたいに、いやそれと比べちゃ失礼ですね……。
「さっきは不覚を取ったけど、これが本来の私の力!」
「とは言えまだ有効打はないであります!」
「とは言え長引けばこっちが有利!」
そして着地する間もなくシュリケンを放ち、トロベさんの体勢を崩そうとします。
まったく、とんでもない身のこなしです。こんなに身の軽い敵は本当に初めてでした。
「うう、ハァ……ハァ……!」
アカイさんの息が上がっています、かなり太り気味な体型で元よりあまり足の速くないアカイさんですが、この強敵相手に振り回されているようです。もちろんオユキさんやトロベさんも楽ではありません。
「それほどの力があれば、彼女たちを幸せにできるはずなのに!」
「彼女たちとは?まさか獣娘たちか?」
「そうですよ、あなたはなぜ!」
その力で、なぜわざわざ他人を不幸にしたのでしょうか。何人もの獣娘たちを、トードー国の皆さんを、どうして悲しませなきゃならないんでしょうか!
「私たちはこの町の素晴らしさ、ゴッシ様の素晴らしさを!」
「黙れ!こんな手段でしか素晴らしさを証明できないのか!幸福の絶頂から突き落とされた存在が、どうしてその張本人たちに従うのだ!」
「何もしていないわよ」
「まさか、何もしていないとは……!」
何もしていないと言う言葉と共に、アカイさんの細かった目が急に大きく見開かれました。あれは間違いなく、ゴッシと言う人のやり方を理解し、その上で恐れています。
「どうしたのいきなり」
「適当にどこかに放置し、食料も水も練る場所も与えぬホームレス生活を強いさせて心身ともに弱らせる。
そこに何らかの形で慈愛を与え、自分以外に縋れる物はないと思い知らせる。まだ親兄弟その他の存在があればいくらでも時を待ち、心底から疲弊しきるのを待つ……」
なんていうことでしょう。
アカイさんの恐ろしい推理に対し、グベキその3は無言でうなずいています。
まったく、二の句が継げないってのはこんな事なんでしょうか。
ゴッシは、あの豊かな自然とたくさんの食糧にあふれたトードー国の民をいきなり家も食べ物も家族もなしって言う途方もなく苦しい目に遭わせ、その上逃げる事は許さず、そのまま野垂れ死にするか自分たちに縋るかの二択へと持ち込んでいると言うのです。
そしてその生活を幾日も続けさせ苦しい思いをしていた所に、与えられる救いの手。
弱り切っていた心にはそれが悪魔の手であるとも知らず、彼女たちは心をわしづかみにされてしまう。
拒めば永遠に助けられる事はありません。
あるいはもうすでに死んだ子もいるのかもしれません。そしてその死体はおそらく乱暴に扱われ、いや無視されているかもしれません。
「ここまでやっているのにまだ自分たちに従わない存在を笑っているんでしょう?」
「笑ってはいない、疑っているだけだ。なぜ従わないのか、不思議で仕方がないと言っていただけだ」
「そうやって何人殺した!」
「私は連れ去るだけだから。でも六人ほど懐かせたのまでは覚えている」
もう洗脳の被害者が出ているとは、ああなんということでしょう!
あのミタガワ、あるいはそれ以上にむごいやり方です!
だから、私は自分なりに怒りを示したのです。
「市村君!」
「……感謝するぞ!」
イチムラさんの剣が、アスファルトを切り裂きました。
地面を割いた事により砕けたアスファルトが、グベキその3の体を襲います。
そして気付いたのです。
「防備を張っているんじゃありません、これは防備でくるまれているんです!」
赤井「どっちかというとマッチポンプの方が」
大川「偽善と言えば偽善なんでしょうけどね……」




