グベキその3
私は使ったのです、ヘイト・マジックを。
はじめて、ユーイチさん以外に。
「貴様!トロベとか言ったか!」
「来たか!」
早速、ニンジャがトロベさんに斬りかかって来ました。
それと共にシュリケンの雨が降ります。
「その意図理解したでありますセブンス殿!」
そしてトロベさんに当たろうとする間際にアカイさんの補助魔法がかかり、ヘイト・マジックの赤に緑色が混ざり黄色く光ります。
青(緑じゃないんですね)は安全だから進め、赤は危険だから止まれ、黄色は要注意だけど基本的には動かない方がいいそうです。
「そんな攻撃!」
トロベさんの槍をすり抜け銀色の鎧に何発かシュリケンが当たりましたが、トロベさんはひるむ事もなければ鎧に傷が付く事もありません。
「魔法など!」
「魔法を甘く見るか!」
「所詮はその程度!」
トロベさんに次々と攻撃がかけられます。激しくビルってのの間を飛び回り、シュリケンを投げ付けています。一体いくつあるのかわからないシュリケンって武器、一体どこから出て来るのでしょうか。
「所詮は量産品か。ゆえに狙いは顔や手のひらと言う辺り……わかっていれば防備も容易い!」
「防御魔法も使いようであります」
「魔法だと、ええい!」
トロベさんはあのニンジャと激しくやり合っています。そしてその間にイチムラさんたちはあちこちから一斉に攻撃をかけています。
ヘイト・マジックのせいかトロベさんしか攻撃できないのをいい事に皆さんは襲い掛かりますが、それでも必死に逃げ回り、その上でトロベさんを狙っています。
「さすが忍者、すばしっこい!」
「スローダウンさせる魔法はないであります……」
「大丈夫、私だって投げる武器はあるんだから!」
オユキさんの手から三本の氷の刃がニンジャ目がけて飛びました。
「こんなも……の?」
「逃さないよ!」
簡単に避けられましたと思いきや、すぐに曲がってニンジャの上を飛び回り、飛び退こうとしても付いて行きます。
「誘導弾でありますな!」
逃げても逃げても追いかけて来る攻撃。まるでエスタの町の時のような攻撃です。
これをしのぐにはユーイチさんのようなチート異能か、力が切れるまで逃げるかするしかありません。
どんなに素早く飛んでもそれと同じぐらいの速度で、着実について来る攻撃。街路樹の裏に隠れても、私たちの真後ろに回り込もうとしても、壁に張り付いても追って来ます。
「敵は他にいないようです」
私はサーチマジックを使いますが、他に敵の気配はありません。いや、何頭に数人の敵と一人の味方が、っていや今は目の前の!
「そんなもの!」
ああ、刀によって氷の刃が強引に叩き折られました。氷が飛び散り、刀や背中にまとわりついています。
「そこだぁ!」
そしてその重たくなった背中に向けて、イチムラさんの剣が振り降ろされます。
かろうじて避けたものの当たりは厳しく、氷が少しだけ赤く染まりながらふらついています。
よく見るとちょっときれいかもしれませんね。
「さてもう帰趨は見えただろう、おとなしく平林を」
「黙れ、それだけは!トロベとこのヒラバヤシだけは、あのお方の名に懸けて!」
「だからどうして平林にこだわるのよ!」
それでも目の前のニンジャは、なおも眼の光を失っていません。ヘイト・マジックのせいと呼ぶにしても攻撃の手は止まず、ましてやヘイト・マジックなどかかっていないヒラバヤシさんに対する憎悪をもむき出しにしています。
ああそのヒラバヤシさんはオオカワさんに抱かれながら頭を撫でられています。まったく、耳も尻尾も垂らしてひどく怯えています。
まるで数年前、ミルミル村で羊三匹を食い殺して捕まった狼が三日三晩何も食べさせてもらえなかった時のような有様です。
改めて、許せません。
「私を拾ってくれた人のため、私は戦う!」
「ゴッシやあんな女にこれ以上肩入れする必要などない!」
「黙れ、このグベキ、そうやすやすとは!」
「グベキ!?」
グベキ!
なんということでしょう、またその名前が出て来るなんて!
「まったく、グベキが三人もいるのかよ!」
「さすがも同一人物とは思えんな!」
「赤井、聖書にグベキって名前の人物はいるの?」
「聖書には固有名詞はないであります」
確かに私たちの聖書には特定の名前はありません。女神様の名前さえも「女神様」です。父さんは誰かの名前を当てはめるとその名前の人間が振り回されてしまうと言っていましたけど、確かに聖書に「セブンス」なんて名前があったら私はすごく窮屈な人生だったと思います。
「金の為の悪行はいかに大なれど金のための善行はいかに大なれど正義のための善行の最も大なるを越えず。されど正義のための悪行の最も大なるを越えず」
聖書の文はだいたいこんなであり、特定の人間を指した言葉はありません。
まあ私たちの世界に「ウエダユーイチ」さんみたいに長い名前はありませんが、それでも特定の名前が被る事はミルミル村ではほとんどなく、みんな平和でした。旅を始めてからも二人と同じ名前の人間に出会った事はありませんでした。
「なぜあなたの名前はグベキなの」
「そのような事はどうでもいい、私はミタガワ様のために戦うまで」
「なぜです!」
「私は、元々トードー国の人間だった!」
トードー国の人間だったと聞かされて私は少しだけ動揺し、そしてアカイさんたちは平然としていました。
「ニンジャってのはトードー国の兵士なのか?」
「諜報員であります」
「そう、私は元々トードー国の人間だった、だがある時殿様の勘気に振れ放逐された!たかが山賊を皆殺しにしただけで!」
「あのお殿様が?」
「ただ鹿肉のひとかけらを奪い取った山賊連中十一人を磔にして胸を十回刺して火を点けて燃やしただけなのに!それで意気揚々とその旨を正直に報告しに行ったら逆に叱責されて、しかもその「山賊」はただの飢えた農民なのにとか言われて!」
……確かに人の物を奪うのは良くありません。ですがあまりにも前後の事情を理解していない上にめちゃくちゃです。私たちだってたくさん人を斬って来ましたけどそんなことまでする気はありません。
って言うかあまりにもやり過ぎじゃないでしょうか……。
「だから逃げたの。このままじゃ処刑されると思って!」
「しかしまさかそれでその技を生かして!」
「ああそうだ!ミタガワ様に救われたのち、私はトードー国に入り獣娘をさらっていた、全てはこの町に益をもたらすため!」
「そのさらった子たちはどこへ行った!」
「教える訳がない!」
血を出しながらも歯を食いしばり、必死に耐えています。
なぜここまであんな人たちのために戦えるのでしょうか。
「グベキその3、私はあなたを倒します!」
人殺しを好きになった訳でもないですけど、彼女はいろいろな意味でこのまま放っておくわけにはいかない!
その思いを込めて、私は生まれて初めて命を奪いに行ったのです。
「一刀ほど増えた所でっ、くっ……!」
「セブンス、その覚悟やよし!」
私が斬りかかるのと同時に、逆側から氷の矢がグベキその3に飛んで来ました。
必死に体をよじりますがそれでもオユキさんの矢を避けきれず、今度は左半身に凍傷ができたようです。
「ぐぐ……!」
「もはやこれまででしょう、おとなしくしなさい」
「黙れ……!この、この……!」
「全ての獣娘たちを逃がすのだ、トードー国へとな。さすれば追わぬ」
「ふざけるのも大概にしろ……!」
少しふらつきながらも、なおグベキその3の闘志は消えていません。いつの間にかヒラバヤシさんとオオカワさんを除く六人に包囲されているというのにあまりにも往生際が悪すぎます。
「貴様らのような甘ったれには負けない……!負けられない!」
グベキその3は歯を食いしばりながら自分の懐に手を突っ込み、そして金色の輪っかを正面に立つ私たちに見せて来ました。
「そのような小細工などさせん!」
「遅いわ!」
後方に回っていたトロベさんの槍が鋭く突かれ、グベキその3を串刺しにしようとしました!
そのはずでした。
「何だ……?」
「槍が通っていないであります!」
我ながらひどい呼び方だなあ。




