剣崎寿一再び
「剣崎!?」
剣崎寿一。
紛れもない一年五組の同級生。
そして、エスタの町で会った時と同じように、長い剣を持って品なく笑っている男。
「んだよ、このユートーセーちゃん?今日は本格的にぼっちになったのか~?」
「なってねえよ、俺は単に平林を探しに来ただけだよ」
俺が姿勢を正して目的をしゃべってやると、剣崎はドアを乱暴に蹴飛ばしながら全身を俺に見せつけた。
「平林?あいつここにいたんだ?知らなかったな~」
「お前はなんでここにいるんだよ」
「俺はな、強い奴と戦えるんなら何でもいいんだよ。って言うか本当ガッカリだな、久しぶりにまともな奴だと思ったらお前でよ……」
ああ、こいつもこいつで、せっかくの技術を敵をぶちのめすための道具としか思ってねえ。
強い奴と戦えて嬉しいとか簡単に言うけど、結局の所それって自己満足じゃねえか。強くなるのはいいけど何のために強くなるのかわからねえんじゃ行き詰まりだ。
「エスタの町から逃げた後何やってたんだよ」
「うるせえな」
で、導火線の短いこった。まだそんなに痛点をついたつもりもねえのにずいぶんと派手に斬りかかって来やがる。
「この前は数にやられたんだよ、2対1なら話は別だ」
「にしてもずいぶんと青々しいな」
壁も青きゃ、じゅうたんも青い。ついでに、剣崎の鎧も俺の鎧も青い。ファックスや観葉植物でもあればまんまオフィスそのものの空間で、何こいつらは血の気をたぎらせてるんだろう。
「っつーかお前さ、剣を抜けよ、ほれほれ死にたいのか?」
「俺はゴッシってのを斬りたいの、獣人たちを助けたいの。平林もさる事ながら」
俺は刀を抜かないまま、さっきのくのいちと同じように剣崎に歩み寄る。
以前にも増して派手な動きで剣を振り回すが、空気以外何にも斬れやしない。
真正面から馬鹿正直に進んでいるのにだ。
「お前さ、だからさ、一体どこで何してたわけ?」
「早く剣を抜けよ!」
「そのセリフは髪の毛の一本も斬ってからにしてみせろっての」
ぼっチート異能がいかんなく発揮され、剣崎の攻撃がただの扇風機と化す。ああ、気持ちよくねえ風だ。
改めて、斬り合いとか殺し合いってのがバカバカしく感じる。
「てめえ、どうして当たらねえんだよ!」
「市村には結構負けてるぞ」
「市村はもっと強いのか!」
「今の言葉の意味が分からねえんならどうでもいいや」
さっきからナクヨも得物を振り回しまくっている。
当然、当たらない。
「剣も槍も消耗品だよ、大事に扱わないと」
あまりにも当たらないもんだから、その内二人の攻撃がぶつかるんじゃねえかって余裕すらできている。
「大人をおちょくるのも大概にしなさい!」
大人の女を装っていたナクヨも、ようやくその仮面を脱ぎ捨ててわめき出す。
まったく、ずいぶんとあっけなく素が出たもんだ。
「あのさ、さっきまでさんざん上から目線で余裕ぶったお姉さん気取っておいて今更何のつもり?最初からそうやってわめいてれば良かったのに」
「悔しいのよ!何度説明しても私たちの素晴らしさがわからないのが!」
すげえ、声だけ高くて全然頭に入って来ない。
そりゃコンビニの店員さんやホテルマンの人たちまで言いくさす気はないよ。でもあのヤクザっぽい連中やその元締めの連中を見ていると、これを素晴らしいだなんて言う気にはとてもなれない。
「ハコモノだけ素晴らしくても中身がこれじゃ無意味だよ。ミルミル村なんて片田舎の農村そのものだったけどな、そこに住んでた連中はみんな暖かかったよ。むかつく奴もいたけど、その理由もまだ血が通ってた」
都会も田舎も一長一短だが、それでも今より恋愛感情から来る嫉妬とかでやられていた方がまだ今よりずっと気楽だ。確かに貧しいかもしれねえが、それでもそこにいる人間の大半は満足していた。
「セブンスって女の自慢でもしてるのか」
「否定はしねえよ。でも俺はこんな殺伐極まる場所をどうしたら受け入れられるのかについてご教授願いたいね」
「まったくもう!」
トロベのそれと一緒にした事が恥ずかしくなるような、ただの暴力装置としての槍。名誉も何にもないそんな代物が捉えたのは、剣崎の剣先だけだった。
……ああ後でトロベかオユキにでも聞かせてやるか。
「頭を冷やせ。俺のチート異能がある限り俺は誰にも殺されねえよ」
「ふざけた事を抜かすんじゃねえ!」
俺はただゆっくりと前進し、剣崎への距離を詰める。
その度に剣崎は下がり、また剣を振りまくる。その悪循環が続き、徐々に剣崎の顔色が悪くなっていく。
「この……!」
「実力差ははっきりしているだろ?」
「うるせえ!新たに編み出したこの剣を受けてみろ!」
歯を食いしばり涙目になりながら、剣崎は振り回すのをやめて天井ギリギリの高さにまで掲げる。
「近寄ってみろよ……」
剣の幻影が剣崎の周りを回り始めた。だいぶ追い詰められていた剣崎の背中をも回りながら、俺の目の前を剣の幻影が通過して行く。
「この一撃に触れれば首が飛ぶぞ」
なるほど、強力そうだ。
確かにこれでは近寄りにくい。
「よっと」
俺はあえて後ろ向きに飛んだ。
「チャンスよ!」
ここぞとばかりにナクヨは俺の尻目がけて槍を出す。だが、ぼっチート異能により当たらない。
そして。
「うわふっ!」
俺の尻が顔面に直撃したナクヨは倒れ込み、強引に突き出した槍を滑り落とすではなく、投げてしまった。
「あっ、と!」
槍が剣を掲げていた剣崎の所へ飛んで行く。あわてて剣崎は構えを解き槍を叩き落すが、その瞬間幻影の剣が消えた。
剣崎の頬が歪む。
幻影の剣がなくなった間にサッと距離を詰めてストレートパンチを顔面にお見舞いしてやると、あまりにもあっけなく、かつ妙にデカい音を立てながら倒れた。
「バカ、な…………!」
「剣崎……これがお前の程度だよ……」
俺は容赦なく剣崎の長い剣を取り上げ、床にまっすぐ叩きつけてやった。
じゅうたんにほんの小さな穴を開けながら、剣の先端が飛んだ。要するに折れたのだ。
「おまえ……」
「今のお前には剣は危険すぎるんだよ。わかったらゆっくりと考えろ」
俺は折れた剣の根元をナクヨに投げつけ、ドアの向こうへと向かった。
ちなみにヒップアタックが当たったのは偶然で、本当はナクヨを後ろから殴るつもりだった事は俺だけの秘密にしておく。




