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定石を覚えて二目弱くなり

 やけに広いロビーの入口にいた俺に向けて、放たれた二本の棒。


「まったくつまらない子なんだから」


 相変わらずのナクヨを放っておいて、その二本の棒を確かめてみる。



 先端がとがり根本は穴が開いている。


 いわゆるくないだ。



「せっかくの心遣いだと言うのにずいぶんだな」


 ナクヨと同じ調子で少しだけ低い声をした女が、大理石っぽい床の中央に立っていた。


 それでその格好と来たら、黒い装束で目以外のすべてを覆い、その上に刀を背負っていると来ている。



「まさかここで忍者に出会うとは思わなかったな」


 変なもんの上に変なもんが積み重なると、かえって冷静になれる。それで目の前の忍者をじっと見てると、なんとなくありに思えてしまう。


「名前は」

「名乗る価値もない」

「俺はウエダユウイチだ」

「どうでもいい」



 次々と攻撃をかけて来る。やけにだだっ広く、そしてやけに明るいこの空間で、真っ黒な忍び装束を身にまとって何のつもりなんだろうか?

 そして本来なら暗殺用兵器のはずのくないも、むしろ逆に目立っている。


 もちろんスピードはあるが、ぼっチート異能を前にしては全くの無力でしかない。俺は避ける事さえしないままゆっくりとそのくのいちに向けて歩み寄るだけ。



「…………」

「…………」

「…………」


 くないが床に跳ね返る音だけが響く。たった三人きりの空間で、戦闘とも呼べない戦闘が繰り広げられている。

 ナクヨさえも何も言わず、くのいちに歩み寄って行く俺に向けて槍を振り下ろす。


 やはり俺は刀を抜かない。


「だからさ……」

「俺の目的は刃傷沙汰じゃないんだよ、早くお前らが連れ去った獣人たちを返せよ」

「他に言う事はないの」

「ねえよ。このワンパターン逃げまくりオバサン」

「ったくもう、どうしてわかんないのかなあ!」


 俺も俺なら、二人も二人だった。どっちもしつこくこっちを動かそうとしては空振りし続け、その度にどんどん勝手に追い詰められて行く。


 くないなんてしょせん生ものの武器だ、数は知れている。いちいち回収するにしてもやけに間隔が短い。しかもぼっチート異能のせいで右から投げても左から投げても後ろから 投げても当たらない。

 そして同じ事はナクヨの槍にも言える。どんなに鋭く速く突き出しても、俺の体に向けて風を届けるだけだ。刀を抜きさえもしない俺に対しかすり傷ひとつ付けられないなど恥と言うべきお話だろう。いくらある程度の事前の知識があったとしても普通ならば心が折れる。


 あとついでに、俺には当たらなくとも刀には当たる危険性がある。この状況で金属同士ぶつかり合って大事な刀を摩耗させるのはまずい。

 ただでさえ血を吸いまくってその分だけ切れ味が鋭くなったのか鈍ったのかわからないにせよ、替えがない以上こんな所で壊したくはない。


「目的地は」

「このビルの十二階だ。お前らが主主とうるさいゴッシ様とやらもそこにいるんだろう?」

「どうしても言う事を聞く気がないのね」

「俺の目的はさんざん言ってるだろう?」


 平行線そのものだ。ナクヨもくのいちの女も、自分の要求を通そうと必死になっている。もちろん俺だって同じだ。




「本当に進んでるって奴は、自分たちが進んでいるだなんて言わねえ。本当に強い奴が自分は強いって言わねえようにな」

「力は見せれば見せるだけ縮む……って奴ね。でも隠し過ぎても縮むと言うけどね」


 能ある鷹は爪を隠すと同じなのかはともかく、口だけで聖書の一節を唱えてもやってる事がこれじゃ全然意味がない。




「聖書を全身に行き渡らせし者は最上、聖書を吸い上げし者は上、聖書を知らぬ者は中、聖書を軽んずる者は下、聖書を暗記せし者は無下」




 これは聖書の最後から2ページ目に載っている文らしい。論語読みの論語知らずでもないだろうが、ことわざの一つや二つを覚えただけで立派になれるんなら、小学校高学年の段階で道徳教育なんぞとっくに終わってるよな……。

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