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夜景

 ノーヒン市のホテルの701号室に、七人の男女が集まっていた。


「とても夜とは思えません」

「これが俺たちの知っている夜だ」


 外はすっかり暗くなっているが、それでも部屋の中は明るい。


 そして、ここから見えるビルからも明かりが見える。


「本当に夜も違うんですね」

「星が見えにくいんだけど

「きれいではあるがな」

「そのきれいさが逆に問題なんだよ」


 三者三様の感想をこぼしながら、先ほど腹に収めた菓子パンとおにぎりの包装をゴミ袋にしまって行く。この包装を最終的にどう片付ければいいかについて未だ答えを持っていない事をほんの少しだけ心苦しく思いながらも、俺は話を進める事とした。


「きれいなのが問題とは」

「あまりにも明るすぎるから夜襲をかけるのは無理だと言いたいのか」


 このホテルの部屋に置かれたこの町の地図————少し歪んだ正五角形型のはずの地図は、どこか不自然に歪んでいた。照明の下で俺がその歪みの部分に指を当てると、六人分の視線が一点に集まる。

 まるで正五角形の左上と言うか北西部分だけが切り取られたように真っ白であり、本当に何も書かれていない。本来ならば重要な建物の名前ぐらい書いてありそうなものだが、文字通りの真っ白け。


 おそらくはここになんらかの秘密があるんだろう。あるいは平林倫子もそこに捕らえられているのかもしれない。


「あまりにも静かすぎる町ではあるが、こうして明るいとな。それでおそらく警護も厳しいだろう」

「警護?こんな夜中に?」

「そう、俺たちがこうして元気な以上、相手も元気だと考えるべきだ」

「しかしいきなり殴り込みとなれば損害も大きくなるんじゃない?」

「そこはまたセブンスに頼む」


 ヘイト・マジックを俺にかけそうしておびき出してと言う定番パターンしか思いつかないも事実だが、それでも決してそれが悪いとは思わない。


「敵もその手を把握している可能性もある。ましてや今回敵のスケールがどの程度の物かわからない」

「とは言えあまり時間をかけるのも感心しない。また私たちは七人しかいない以上、戦力を分散させたくはない」

「もう一日先送りってダメ?」

「それもあるかもしれないな。そうやって状況を確認すべきだろう。この地図によると、俺たちは北側から入って来て東側へと回らされた格好になっている」


 市村の指の先には、ノーヒンホテルなる文字があった。紛れもなくここの事だ。目的地である西側からは、キミカ城からイーサ姫の墓ほどまでではないがそれなりに遠い。朝一番で出ても一時間はかかりそうだ。


 それだけ歩いても平気なほどに強くなってはいたが、それでもその上で何もわからないままと言うのはどうにも気味が悪い。


「それでオユキの意見について賛成の者は挙手を」


 半ば丸投げのつもりで多数決を取ったが、結果はまったくの満場一致で先送りとなった。


「先送りはいいが、明日はなるべく西側に寄り、少しでもこの町について知っておかねばならない」

「あくまでも視察は怠るなって事ですね」

「なるべくなら他の市民にも接触したいもんだがな」

「そんなのがいればな」


 だがそんなのがいればと言うトロベの言葉通り、俺たちは今日一日で二人しかこの町の人間を見ていない。そりゃ真剣やら槍やらを持ってりゃ当たり前だろとか言う理屈はこれまでの冒険を思う限り成り立たないし、こんな物を持っておきながら預けてくださいうんぬんとも言われなかった以上おびえて声をかけてくれないとも思えない。


「とりあえずだ、明日ここを出次第セブンス殿はウエダ殿にヘイト・マジックをかけてもらう。そしてここの家屋をあちこち訪ね、狼娘の所在についてうかがってもらう」

「それで襲われたら」

「その時は敵であるからしょうがないだろう。ヘイト・マジックはむやみに敵を作る魔法ではないのだろう?」

「ええ、ライドーさんも言ってました。最初から害意がある人でなければ大丈夫だと」

「私もそれがいいと思う」


 少し不安なやり方であったが、俺に手がない以上異論を唱える事もできなかった。


 また翌朝から働く事になるセブンスも、やる気を示すかのように両手の親指と人差し指でVサインを作っている。


「了解したよ」

「そうですね、やっぱり嬉しいです」

「べた褒めでありますな……」

「それであのベーコンマヨネーズパンって、どうやって作ってるんです」

「それは俺も知らないよ、それでこの後……」


 生まれて初めてのコンビニフードに感心しきりなセブンスの笑顔と共に、寝る前の最後の儀式へと向かう事になった。







 ※※※※※※※※※







「大川、ちゃんと教えてやれ」

「私だってこんな大きなホテルの初めてに近いんだけど」


 市村の声が、702号室のシャワールームに響き渡る。


 701号室のそれと同じくバスタブこそないようだがお湯を浴びるのには十分なシャワールームで、俺たち二人はずいぶんとふやけた顔をしていたと思う。


「えっと、これがこれで……」

「ふむふむ、それでこれでいきなりお湯が出るんですか!?」

「そのようだな……それでオユキ殿はやはり」

「私熱いのは平気だし」


 まさか女湯に入れる訳ねえだろって訳で市村が声で大川を励まし、大川が必死になって三人に教えている。


「しかしこんな所でシャワーがあり、しかも水洗便器まであるとは……」

「正直困ってたんだろ」

「否定はしないであります……」


 赤井の出た腹を見やりながら、すっかりこの世界に馴染んでいたはずの俺らがやっぱり異世界人だって事を遺憾なく実感させられる。


 体を洗い流し、事は済んだとばかりにやって来た市村にほぼ全裸の姿を見られながらパンツを履き、鎧は着ずに気持ちよくベッドに伏せる。その間に、手助けしようのない大川の運命を少しだけ哀れみ、いつになく速く夢の中へ落ちた。




 ※※※※※※※※※







 さて翌朝、たぶんいつも通りの時間に起きて今度は鎧と刀をもって部屋を出た俺たちに対し、大川は少し緩慢だった。


「脱ぐ前に教えるべきだった」

「いいの、私だって少し疲れてて迷いもあったから……」

「って言うかあのトイレ、すごい音するんだけど」

「トードー国はよくトイレが発展しているとか言うが、あれはそれ以上だな」

「すみません……シャワーってののお湯、勝手にペットボトルってのに入れちゃいましたけどいいんでしょうか……」


 市村と大川が頭を下げ合い、三人がそれぞれ好き放題に感心する中、俺と赤井は少しだけ憂鬱だった。


「二人とも朝からそんなに落ち込まないで、朝ごはんは出るんでしょ」

「一階でな……」



 ――――一階で。それが何を意味しているか分かった三人はキョロキョロと階段を探し始めたが、残念ながら体力を無駄に消耗したくない。


「騎士、騎士だからな!」

「大丈夫ですよね、しがみついていいですか……」

「…………」


 とにかくそういう訳でエレベーターに乗った訳だが、セブンスは俺にしがみ付き、トロベは必死に足を踏ん張り、オユキは壁にもたれかかっている。


「ウエダ殿を改めて尊敬するぞ……」

 と言う結論をひねり出した三人を引き連れ、俺たちは朝食が出るロビーへと向かった。




 野菜とトンカツのサンドイッチ、そして豆茶ことコーヒー。


「シンプルイズベストでありますな」

「とりあえず、食べられるか?」


 注文の多い料理店のように槍を横に置きながら飯を食う姿は実に滑稽だが、本人にとっては真剣なのだ。実際俺たちは今でもそうやって来たし、考え方をわざわざ変える理由もない。

 俺たちに合わせるかのように少しだけ甘いコーヒーを飲み干し、サンドイッチを頬張る。その間、運んで来たウェイター以外、誰も他の人間は来ない。

「あのすみません、他に宿泊客とかいないんですか?」

「それはお答えできません」

 ウェイターもフロント係も、そう無表情に答えるだけ。



「トイレ大丈夫か」

「大丈夫です」


 そんな殺風景と言うか孤独なブレックファーストを終えた俺たちは、荷物を抱え込み皿を置いたままチェックアウトをすべく席を立つ事にした。


「あのー、少々お待ちいただけますでしょうか」


 だがそうして腰を上げたと同時に、フロント係の男性が申し訳なさそうに声を上げた。


 どうしてですかと迫ろうとするセブンスに、フロント係の男は首を横に振りながらため息を吐いた。


「何があったんですか」

「お客様ほどのお方ならば大丈夫だと思いますが、実はその昨晩、と言うか今朝……」

「今朝?」

「死者が出たんです」

次回からようやく戦闘です。

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