村娘と雪女と女騎士と自動販売機
――――全飲料・銅貨13枚。
銅貨13枚と言う事は、=130円。まったく市価同然の値段だ。
値段設定の正確さもさることながら、銀貨(=1000円)使用可、金貨使用不可と言うのが何とも憎らしい。
「どうする?利用するのか?」
「してみるに越したことはないだろう」
俺がじっと見つめながら、銀貨と銅貨を一枚ずつ穴に突っ込む。
穴の下のデジタル数字の欄には、101の文字が輝いている。銀貨1枚・銅貨01枚の略だろうか。
とりあえず俺はコーラのボタンを七度押し、ふた月前にそうしたように下から出て来た缶コーラをみんなに渡して行く。
「これは魔法か?」
「実に冷たいです!」
「大したことないね」
三人が各々の感想を述べながら、俺たちは缶を開けて行く。
「あのユーイチさん」
そしてセブンスはすぐさま俺に渡し、トロベはじっと俺と大川のを見つめて見よう見まねで開けて見せた。オユキはと言うと、少しだけ顔を赤くしながら缶を見つめ続け、結局市村に開けてもらっていた。
「久しぶりに飲んだな!」
「私はあまり良くないと思って週一度ぐらいしか飲んでなかったけど」
「紛れもなくコーラでありますな、って上田君」
「そうなんだよ、間違いなくコーラなんだよ……」
とりあえず口を付けてみたが、間違いなくコーラだった。だがそれだけに、どうしても猜疑心が先立ってしまう。
「何を難しい顔をしている?」
「不思議な味だけどおいしいじゃない、ねえトロベ」
「ユーイチさん何かあったんですか?まずいんですか?」
「いやそんな事はないんだけどさ……」
もし俺が気の張り過ぎで大損しているぞとか言われても、一向にかまわなかった。
あるいは毒が入っていたらどうしようかとか言うのは下衆の勘繰り以外の何でもないはずだが、どうしてもすっきりと飲めない。
「…………」
「ありがとう」
赤井が解毒魔法をかけてくれて初めてすっきりと飲めるようになった。飲み慣れたはずのコーラの味が口に広がり、のどの渇きを潤す。
「ヘイト・マジックを信じろウエダ殿」
「あー、でもどうしてもな。こんな敵地に乗り込むのは初めてだからな。赤井、市村」
「俺たちの時はもっとたくさんいたからな、味方の皆さんが。でも一番身も蓋もない言い方をすれば俺たちの場合は用件を果たせば終わりで長居する理由はなかった」
「クチカケ村とて、結局はそれなりにお世話になったのであります。敵陣だからと気を張り続けていては細川君、いや三田川恵梨香のようになってしまうであります」
「ああ…………」
俺は気のない返事をした。
三田川恵梨香はもはや、どんな勝負に出しても勝てる絶対勝利のワイルドカードだった。三田川のようになりたくないで俺たちは通じ、トードー国では「悪いことをするとミタガワになるよ」で子供に言う事を利かせている親に出会った。
(平林は人気あったんだな)
あのお殿様はかなり国民に支持されてたし、平林も国賓とまではいかないにせよセイシンさん自らのスカウトと言う事でかなり注目を集めていて、しかも真面目だったから城下町でもかなり人気があった。赤井は人気キャラ殺しは最大のヘイトを集めるとか言ってたが、ただでさえお尋ね者になっているのにそんなことまでして三田川は一体何をしたいんだろう。
「ああっと!」
そんな事を考えていると、いきなりトロベが俺の方に向かってつまずいて来た。コーラの缶が俺の頬を撫でそうになりながら中身をわずかにアスファルトにぶちまけ、トロベはセブンスに支えながらあわてて態勢を立て直して直立した。
「トロベ……」
「ウエダ殿は、もしかして挫折した事がないのか?」
「挫折って」
「ウエダ殿はこの前ホソカワをミタガワみたいになるぞと叱っていたが、ウエダ殿もまたああなる危険性を秘めている。まあ万人全てがだろうがな」
「書を一万冊読んだ者と言えど書を九九九九冊読みし者を軽蔑すれば、それは書を一冊も読んでいないに等しいと言うであります」
コーラを飲みながら聖書の一節を垂れる赤井の姿が、いつもよりずっと大きく見える。
三田川は、あるいは本当に一万冊の本を読破したのかもしれない。
でもこのヒトカズ大陸にずっと住んで一万冊の本を読破したとして、俺たちの世界を正確に表現する事はできないだろう。このノーヒン市ですら俺たちの世界とは似ているようで違うな場所であり、それこそ生兵法は大怪我のもとである。
「悪いな、どうも平林の事を思うと気が張ってしまってな」
だが実際、この町のどこかに連れ去れたであろう平林の事を思うと胸が痛む。目的を果たすまではいい顔をする事はできないと思っていた。
「平林の事はもちろん心配だ、だが俺たちはたった七人だし、何よりも今度の戦いはどれほどの物になるかわからない。ましてやお前にはヘイト・マジックがかかってるし、第一トロベのそれですら避けてしまったほどのお前の力なら、明らかにお前を害せんとした毒入り飲料であっても問題ないはずだろう。とりあえずコーラはうまいし、赤信号よりずっと強く光ってるんだからさ」
「赤信号よりかぁ……アハハハ……」
だが今は、市村も大川も笑っている。かなり真面目な二人がこうしてコーラ一杯で笑いあえているのに、自分一人肩ひじを張って何になるんだろう。
「オオカワのギャグセンスもよくわからんな」
「あの信号っての使って出発、信号ってやるんでしょ?」
「ハッハッハッハッハ……」
オユキもトロベも笑っている。赤井だって得意げだし気分は悪くなさそうだ。
「私もミルミル村から出ていろんな所を回って来ましたが、こんな飲み物があるだなんて知りませんでした」
「まあな、俺だってこの世界でいろいろ見て来たよ。でもこうして本来なら俺の方が上から目線で言える機会をも逸してしまう程度には、俺も成長していないな」
そして、セブンスも笑っている。
それらの流れを、俺が崩す事もない。
自嘲を込めたフレーズと共に頭をなで、愛想笑いを浮かべて見せた。
これもまた社会人に必要なスキルなんだろう。河野は上田君はそんな事せずにはっきり生きてればいいよって言ってくれたけど、それだけで通じないのはもうわかっている。河野には悪いけど、俺だってもう自立しなきゃいけない。
まあそんなこんなでコーラを飲み干し、自販機の側に合ったごみ入れに缶七本を突っ込んだ俺たちは、再びこの都会のようで都会でない場所を歩いた。
「良くも悪くも何が起こるかわからないのであります」
赤井の言う通り、未知ってのはマイナスかもしれないがプラスかもしれない。未知を求める事は大事であり、それこそ俺たちの仕事でもある。
「やっぱりと思わない訳じゃなかったが……」
だからこそ、こうしてある意味既知である場所に当たると半端ならぬ違和感を覚えてしまうのだ。
どこかで見たような、見た事のないようなロゴのついた看板の下の、機械文明のある種の花のようなドア。
――――完全にコンビニだ。




