ノーヒン市って!?
10月開始、第十章開始!
「あの二人は良いのか」
「今の忠利はいい意味で弱っている。それを松枝が支えてくれればうまく行く」
「本当、大川ったらさ!」
「どうしても食べたくてね!」
あの日も含めて都合四日ほどトードー国に逗留した俺たちは、その間に町を巡り、山も巡り、海側にも行った。
「本当に住みよい国だな。こんなのと戦争をしようなど土台無理な話だ」
「それもまた戦いなのかもしれないですね」
正直、この国の料理は美味い。
さすが日本とか言う気もないが、セブンスやトロベすらすっかり虜になっていたほどだ。三日目などは魚料理にすっかり虜になっていた大川を引きずり戻すのに一苦労したほどだ。
「一説には禁断の魔術により従前の食い物がうまいと思えなくなり、その分新たなる食材を求め続けたとも言われているそうだがな」
「禁断の魔術ってのも、結局は禁断の魔術なんだよねー」
オユキの言う通り、禁断のなんて枕詞が付いている時点でたいていはろくな事にならないのは目に見えている。まったく、俺たちがどうあがいても日本人であるのを証明するかのように、何を食ってもうまいと思えた。
「シンタローさんはしばらくこの国に留まるそうです。キミカ王国との正式な国交回復に向けて、当地の商人とも交渉を行うとか」
「キミカ王国から何が輸出できるんだろうか」
「とりあえずはサンタンセンの織物だそうです」
「サンタンセンならばトードー国にも対抗できる気もするけどね」
「とにかく、こうして気も心も休めてこそ次へと進めるのだな、次へと。
だがノーヒン市と言うのはとにかく訳が分からぬ、そうこのトードー国の皆様ですらおっしゃられているからな」
だが、その美食もしょせんは一時の楽しみにすぎない事を俺たちは知っていた。
次はノーヒン市。
トロベとラン王子様曰く、この世界には五つの国があったらしい。シンミ王国、キミカ王国、トードー国、ロッド王国なる国、そして今は魔王に奪われた国。
「セイシンさんもおっしゃっていました。ノーヒン市に秩序はないと。獣娘たちへの誘拐略取もさる事ながら、戦での死体すら持ち去って行くのは日常茶飯事だとか」
「身ぐるみはがすと言うレベルではないでありますな!」
と言うか話によればその死体を容赦なく傷つけ裁断し、愚か者と叫びながら焼く事もあったらしい。
死者でこれだから、生きている捕虜となればそれこそもっと恐ろしいだろう。
「ましてやノーヒン市と言う町自体、一体どこから来たのかわからぬ。自らノーヒン市と名乗り、自分たちこそ至上の存在でありトードー国を蛮国と称している」
なんだよそれ。それこそ宗教じゃないか。女神様や魔法もまた俺らにとっては道の存在だったが、それでもここまで誰一人それを押し付けて来たような存在はいなかった。
ミルミル村にいた僧侶さんも善良だったし、ましてやその後に出会った僧侶である赤井は俺の顔見知りだ。二人のような人間がいたからこそ、俺はこの世界の女神を受け入れられている。力によって信仰を叩き付けられて信徒になるのならば、聖書なんか要らない。
ましてや、かつて全く存在しえなかった、どこから来たのかもわからない国なんて!
「今はまだ魔王の存在があるから繋ぎ止められているだろうが、魔王がいなくなったらそれこそ世界征服を始めるぞ」
「そんな!」
「幸いなのはまだ魔王がいる事と、野心的なのが上層部だけと言う事だ。中層以下は上層部のご機嫌取りと、その日の生活の糧に略奪略取などを行っているだけのようだからな」
そして、皮肉にも「魔王」が安全弁になっているらしい。下手に動けば魔王に目を付けられるから今の所手近なトードー国を責めているだけで、いざとなったらあちらこちらに自分たちの力を恃んで攻撃を仕掛けるという訳か。
(そんな場所に平林を放置させて、ミタガワは何をする気だ?まさか本気でそれが平林のためだと思っていたとしたら、あいつは頭がおかしいぞ)
俺は改めて三田川恵梨香の恐ろしさを実感すると共に、次なる戦いの事を思わざるを得なかった。
「お気をつけて」
セイシンさんたちは丁重に見送ってくれた。
南門を守る兵士さんは、心なしか顔つきが鋭く見える。
「ノーヒン市の人間は正直凶暴です。そしてどうなっているのかこの街道に来るまで正直分かりません」
「魔法とも違うように思えますが」
「しかしこの街道筋はもはや戦場、と言うか砂漠ですね」
トードー国からノーヒン市までは、徒歩で三十分少々しかないらしい。
だがひどく荒涼としていて、街道部分はともかく後は荒れ野を通り越してまるで砂漠のようになっている。
「この十年で大小合わせて二十回以上戦が起きている。どちらにも支配する理由がないので放置されているが、その戦の際に火を放ち塩を撒き大地をさいなむ。おとなしく支配されないのが悪いとしか言わずにな」
「ヘイト・マジックを頼む」
「はい」
この街道を通ること自体、命がけ。
となれば、ヘイト・マジックを使うしかない。
セブンスの魔力を得た俺の体は赤く光り出す。
伏兵あらばすぐさまおびき出し、みんなの力を持って成敗する。
「頼むぞ」
「了解したであります!」
魔法の力に任せて、迷うことなく進む。
伏兵の余地のなさそうな砂漠ではあるが、それでも安全にするに越したことはない。
「本当に安全だな」
「だが何せあのミタガワだ。ミタガワが恐ろしいと思った国の連中だ」
「それについては前評判を信じたい物でありますがな」
セイシンさんや赤井が言う通り上層部だけが躍起になっていて、下はまったく他人事だとすれば、つまり上を止めればすべてが止まると言う事だろう。
「オユキ」
「この戦いは、クチカケ村以来の死闘になるかもしれないって事ね」
だが、上となるとそれこそノーヒン市の王(あるいは「市長」かもしれない)のような存在との戦いになる。これまでとは訳が違う。
「やってやれない事はない」
「ありがとう」
それこそトードー国をも脅かすような存在である以上容赦などできない。やってみせるしかない。
そんな訳で体を光らせながら歩いたが、何も来ない。風さえも優しく頬を撫でるばかりで、小川もきれいに輝いている。
「魚は」
「ちょっとオオカワ」
「いや確かに、魚が見られないのは不自然だ。それからこの泡」
「それ以上に不自然なのは、あの壁の先であります」
しかし確かによく見ると、魚もいないしやけに泡が目立つ。ミルミル村やシギョナツにも川はあったが、確かに少々不自然だ。
だが、もっと不自然なのは扉と、その先だった。
何ともいかめしい、金属製の扉とそれを囲む壁。
俺の身長並しかない扉と壁の先には、何も映らない。
「セイシンさんたちでもこの壁を越えた人はいないらしい」
「いやいたけどあまりにも想像を絶する、シンミ王国とも違う場所だったらしい」
いったい何が待っているのかと思いながら俺が意を決して門に近付くと、急に門がこちら側に向けて開いた。
そしてやはり何も見えない。
「来いと言う事か」
「今更逃げる理由もないけどな!」
俺たちが門の内側に入ると、門は開く時の数倍の速度で閉まった。
「ええっ…………」
みんな、開いた口が塞がらない。
幽閉されたとも言えなくはないが、それ以上にその結果のように開けた視界がものすごかった。
「ここは……どこでありますか!?」
「まさかヨコハマ」
「そんな訳ないでしょ!」
アスファルトの道路。
街路樹。
朝だってのに光っている電灯。
横断歩道のような白い線。
信号機。
そして、階数が二ケタありそうなビル。
あまりにも見慣れた光景が、そこにあった。




