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三田川恵梨香の幸福

 そんな三田川が五年生になり、もはや小学校の名物児童と化していた頃。


「あれ?」


 父親が買ってくれた型落ちのパソコンで調べ物をしていた彼女が押したキーボードが、いきなり壊れた。



 複雑な話ではない。


 現実の時間が一時間しか経過していなかろうが、機械はケタ一つ違う時間動いている恵梨香によって、それ相応に酷使されている。当然の如く耐久性が損なわれ、経年劣化により質は落ちる。

 だが肉体の疲労はない。視力が落ちる事もなければ、腕が痛くなる事もない。


 彼女は買ってもらってまだ二年足らずの「相棒」の崩壊に、極めて珍しくも両目を見開いた。


 それが自分が機械を酷使していたからだと言う事にようやく気付いた時には、恵梨香は彼女らしくもなく落ち込んだ。

「どうしたんだよ」

「いや、ちょっと熱くなり過ぎたかなって。あまりに乱暴に使い過ぎたからかパソコンのキーボードが壊れちゃって」


 極めて素直な娘を、親は甘やかした。すぐさま修理費を全額負担して買い替えさせ、その上でさらにパソコン用の書籍やマウスも買い与えた。


 当然ながら彼女はプログラムの勉強も始め、適当なゲームも作る事ができていた。その簡易パズルゲームは、昭和時代ならば商用に耐えうるだけのクオリティがあった。

 適当に遊んで匙を投げた親からもこれならばゲームクリエイターも行けるかもしれないと言われたが、彼女にとってはあくまでも勉強に過ぎなかったため、それ以上手を付けられている事はない。


 だがいずれにせよ、何をやらせてもあっという間に身に付けていく娘と言うの名のびっくり箱を前にして、彼女の両親は楽しい人生を送っていた。


 彼女にいろいろな物を与え、そのたびに使いつぶしては血肉にして行く娘の成長を、親として楽しんでいた。




 そんな彼女でも、どうにもならなかった物が二つある。


「ったく……!」

 今日もまた、クラスで中間だった。


 恵梨香が唯一大きな顔ができないのが、体育の時間だった。

 自分なりに浮きまくっている時間を使って筋トレをやっているつもりなのに、成果は一向に上がらない。マラソン大会があるとなればそれこそフォームまで研究してスタミナまで鍛えているのに、一向に成績は上がらない。

「ずいぶんとみんな気合入ってるなー」

 生意気なテンサイ様に、みんな勝ちたかった。勉強がダメならば運動があるじゃないかと言わんばかりにそっちの方面を鍛える事に集中し、男女ともその方向の成績が上がっていた。


(そんなに便利でもないみたいね!)


 十時間学問をしても一時間しか経っていないが、十時間走れば十時間経っている。

 その事に恵梨香が気付いたのは、急に力を得てからすぐである。


 同じ自己鍛錬の期間でも、運動の十倍学問ができるとあらばどちらに行くか。

 答えはあまりにも明白だ。

 もちろん人並みに運動もし、食事にも気を使ってはいたから太ると言う事はなかったが、いずれにせよ彼女は積極的に運動をする事はなかった。




 そしてもう一つは、友人だ。


「ちょっとどうしてもお願いしたいんだけど」

「自分で考えなさいよ」


 彼女に声をかけて来る存在の大半は、学校の勉強絡みだ。

 教師に聞けばいい事を平然と聞き、まるで血肉にする気もなく上澄みだけをすすろうとする。

 そんな年齢相応に浅はかな話し相手に対し、彼女は極めて冷淡だった。


 なぜすぐ聞くのか?なぜ本気で取り組もうとしないのか?


 いや、教科書を読め。本を読め。


 それだけの事に対してなぜ自分を求めて来るのか。正直不可解だった。


「そうじゃなくて掃除当番、実はうちの妹が不調でさ、私早く帰らなきゃいけないんで変わってくれない?」

「最初からそう言えばいいの」


 そしてそうでない場合は、こんなお願い事だ。

 人の嫌がる事を進んでするが美徳の一つになっている恵梨香にしてみればそれもまたスキルアップのチャンスであり、元より家でも掃除洗濯炊事何でもこなすいい子だった。

 実際学校でもそれらのスキルを活かす事を好み、そうやって役目を振られれば素直に応えもした。




 平たく言えば、必要でなければ相手にされなかったのだ。





「なあなあ、あのボスどうやって倒すんだよ」

「あれはもうレベルを真面目に上げるしかないな」


「ユーチューブチャンネル誰登録してる?私はマサが好き」

「マサってあの実況やってる人?私は同じ実況でもいたりあんずのが好きかな」


「見たかよ今度のあの話」

「ああーっ!って終わり方でさ、次どうなるのかマジ楽しみだぜ」


 つまらない雑談の輪に、恵梨香が入る事はない。それなら勉強でもしていた方がよっぽど有意義だからだ。


 ましてや、そんな話を恵梨香に振るような人間はいない。


 パズルゲーム事件があってからと言うものの、恵梨香は少しでも下手に手を出せば大した悪意もなくその分野を食い荒らしに来ると思われていた。

 実際問題、その事件を知らなかった別のクラスの少女がうっかり新しいエイディ・ガールズの話を振って口ごもる彼女を笑ってしまい、半月後にA4十枚分のレポートを突き付けられて謝るしかなくなってしまい、その結果彼女の口数は十分の一に減ってしまった。




 実はこれらの雑談も、なるべく恵梨香の耳に届かぬところで、休み時間や給食の時間など声を出してもいい時間に行われている。

 それによりクラス全体がいい子になったように感じられ、恵梨香も満足していた。


「ちゃんとみんな真面目に頑張ってるからね、負ける訳には行かないよ」


 満足なまま授業を過ごし、帰宅し、満足なまま勉強を始め、ますますスキルアップしていく。




 彼女は、実に幸せだった。

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