三田川恵梨香の時間
三田川恵梨香「またまた外伝の主人公を乗っ取ったわよ!」
作者「今回は三田川恵梨香の過去のお話です。現代の、ね……。」
そもそも三田川恵梨香と言う少女は、全く普通の赤ん坊だった。
普通の産婦人科にて、両親に普通に祝福され、普通に一人っ子として育って来た。
どれぐらい普通かと言うと、父親が交番に務め、母親がその側の店でパティシエをしていただけであり、十階建てのマンションの五階に住んでいるだけである。
「えりかちゃんはほんとうにまじめです」
幼稚園教諭からの児童評もだいたいそんなだった。何をやらせても真面目に取り組み、何をやらせてもそれなりの戦果を出す。
好きな食べ物はオムライス、チョコレート菓子。嫌いな食べ物は人参。所属していたのはとら組。好きなキャラは変身ヒロイン、エイディ・ガールズのエイドホワイト。好きな動物はサイ。
唯一普通でない事と言えば駅から徒歩五分の所に家があるだけであり、その分だけ他人から少し嫉妬されたりもした。
逆に言えば、たったそれだけだった。
「恵梨香は何が欲しいんだ」
「ポッキー」
「あと二ヶ月で小学生なんだからね、ちゃんとしないとね」
「うん!」
ノートやランドセルを買い揃え、まもなく入学となった時期。恵梨香は両親と共にスーパーマーケットを歩いていた。ただただ和やかな親子連れがそこにいただけであり、とくに万引き犯が現れたりクレーマーがいたりする訳ではなかった。
「あっ」
そんな平和を具現化しような場所でそう恵梨香が呟くまでもなく、恵梨香の母親はポッキーを買い物かごに放り込んだ。目の前から自分と同じように向かって来る一人の男の子と、その両親。その男子の事をほんのちょっとだけあわれに思いながら、恵梨香はスーパーマーケットを出た。
「おいおい、いくら3割引にしたからってさ」
「そうよね、今日は本当によく売れるのよね。出荷はもうないの」
「うん、パイの実とかプリッツとかももう見えてる分しかないよ」
ちょうどその日がそういうセールの日だっただけであり、それゆえにスーパーマーケットの店員が忙しったり商品が少なかったりしたことも、その男の子がポッキーを買えなかった事についても、恵梨香がどう思ったわけでもない。
ましてや、その時の男の子が自分と同じ小学校に通う訳ではない事も、まったくどうでもいい事であった。
人並みにお菓子の味を楽しみにし、人並みに歩くだけの少女に過ぎなかった。
「あれ?」
そんな日常が崩れたのは、小学校に入ってひと月後の事だった。
元より勉強熱心だった彼女は、教科書を適当に読んでは字を書き取りしたり計算をしたりする程度にはいい子だった。
極めて普通に帰宅して、今日の授業や給食についてあれこれ話していた。
そして当然のようにアニメを見て、眠くなり、そのまま寝ようとした。
いつも通りの三十分。面白いから見ていた。それだけだった。
――――だが。
その日に限って、セリフがやけに頭の中に入って来る。
キャラの一挙手一投足が、恵梨香に刻み込まれて行く。
(どうして……?)
なぜだか、今までのどの回よりも面白い。いや面白いと言うより、全てがわかったような気になって来る。
声も、セリフも、絵も、そしてストーリーも。
なんでこんなに面白いの?
小学校一年生の好奇心は、一挙に拡大した。
当たり前ではあるが、恵梨香が見ていたのはゴールデンタイムのアニメであり、テレビ局にとってはドル箱と言うべき時間帯である。視聴率を得るためには言うまでもなく相当な努力がなければならない。
恵梨香はCMに突入したのを確認するや腰を上げ、可愛らしいメモ帳とえんぴつを持って来て再びテレビにかじりついた。
「前半はあくまでも日常風景を見せて」
「次に最初の変化球を出して」
「その変化球との対処で」
「こうして悪役を登場させて」
「その悪役を媒介として」
「それで仲良くなって」
こんな風にストーリーを解析し、さらに作画についても事細かに分析をして行く。もちろん小学一年生相当の語彙であったが、それでも元からエイディ・ガールズが大好きだった事もあるかもしれないが彼女の分析は本人の予想外に正確だった。
「疲れないのか、そんな風に見てて」
「だってこれおもしろいんだもん」
親からは注意もされたが、正直面白かった。普段見ていた物がどういう風にして作られて行くのか、そしてどうして面白いと思えるのか。そういう事を知るのが、三田川恵梨香は面白くて仕方がなかった。
次の日。週休二日制の土曜日と言う事で朝から適当に遊んで、適当に宿題をこなした。
なぜか知らないが問題が頭によく入り、じっくり考えられる。不思議とご飯をよく噛むこともできたし、歯磨きもすごくきれいにできた気がする。
問題をじっくり眺め、考えられる。昨日までは一時間も集中できなかったのに、今はいくらでも頑張れる気がする。
(あしたまでまわしたらエイディ・ガールズがおちついて見られないじゃない)
そんな小学生らしい事を考えながら、問題に集中する。
やがて解き終え、きちんとノートを畳んで外に出て、適当に公園をぶらついて帰って来た。
そして昼ご飯を食べ終わり、そのまま疲れて横になり、そのまま三田川は目を閉じたのが午後一時ちょうどだった。
夢の中ではエイディ・ガールズが優しく微笑み、元気に声をかけていた。
やがて三田川恵梨香は体を起こし、伸びをして時計を見た。
―――――――――――――十三時五分。
「え?」
自分では一時間ほど昼寝したはずなのに、五分も経っていない。




