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殿様の子

「母上……母上……!」




 大きな肉体から放たれる、あまりにも重たくも悲しい泣き声。




 威張っていたはずの若君様、悔し涙しか流さなかったはずの若君様、目一杯背伸びしていたはずの若君様が悲しみの涙をふりまき、雨のない夜空に雲を呼ぶ。


「お前、どうやって……!」

「私はもっと魔法を学びたかった。ユーイチさんのためになりたかった!だからあの王子様に頼み込んで!権力を強引に使って!」


 俺たちはキミカ王国ではそれなりの英雄だった。その「英雄の権力」を使い、あのラン王子様と一緒に過ごしていた。


「まさかその際に」

「でもやはり実物を見ない事には自信がなくて、いやこの魔法を会得するには実物を見なければダメだと言う事がわかりまして、それでずっと待ってたんです」



 セブンスはどこまでも貪欲だ。決して悪い意味じゃなく、非常に正しい意味で。

 俺たちがのんべんだらりと稽古の真似事をしている間にも、セブンスは動いていた。まったく俺らのために。



 ————いや、俺のために。



「あああ、俺は、俺はなんて事ぉぉぉ!!」

「ちょっと!テイキチ、テイキチ!あがっ!」


 あんなに血の気で一杯になっていたテイキチが、ただの泣き虫坊やになっていた。モンヒさえも動揺し、俺のパンチを頬で受け止めてしまった。




「セイシンさん……」

「母君様に、よく似ておられる……六年前にこの世を去った……」

「セブンスはまったくの偶然だと」

「だとしたらセブンス殿は天運までお持ちなのか……あれは紛れもなく、テイキチ様を授かった時の笑みでございます…………」


 セイシンさんも泣いていた。全く知らないはずだけど、確かに顔からして赤ん坊に対して無償の愛を届けようとしている姿が見て取れる。

 この世界に聖母マリアのような存在がいるのかわからないが、あるいはこの世界を作った女神様こそ「聖母」なのかもしれない。

 その「聖母」の解釈をめぐっての戦争から生まれたのがこのトードー国だが、いずれにせよテイキチには今のあの女性がその女神様のように見えているのかもしれない。


「若君様……」

「セイシン……」

「このセイシン、一生の不覚!」


 セイシンさんもまた、テイキチと競い合うかのように泣き出した。


「拙者はずっと、逃げておりました!母君様のことより!いつまでも失った物に執着するようなやり方を情けないと思っておりました!」

「そりゃ当たり前だ!俺だって情けないと思ってたから!」

「ゆえに、まるで気付く事もなく!」



 死んだ人間を甦らせるだなんて魔法、この世界にもない。ましてや六年も前に死んだ人間をどうこうしようなど、一体どれだけの因果律をひっくり返せばいいのだろうか。


 そして六年って時間は、割り切るには十分だった。そうして大人たちが割り切りを済ませる中、子どもであるテイキチは引きずっていた。

 単純計算でも、まだ九歳の生涯のうち三分の一。その三分の一を耐えるには、テイキチはまだまだ幼すぎた。


(俺だってとか言う気はないけどな……)


 俺は九年間、ぼっちだった。いじめられる事はないが仲間もできず、ずっと寂しい人生を送って来た、らしい。実感はないが、それでも人生の五分の三はぼっち生活だった。

 それでも俺が我慢できたのは、自覚はないがメンタルの強さと、お父さんお母さんのおかげだった。




「それでモンヒ、お前いい加減あきらめたら?」

「な、な、な、何を!ぼくはまだ負けてない!」

「おいバカ!」


 先ほど細川を襲った閃光が俺に向けて飛ぶ。だがさっき俺に殴り飛ばされた後、モンヒはテイキチを的にするために俺の前に置いていた。


 という訳で、閃光の行き先は言うまでもない。


「貴様!」

「あわてない、あわてない、あわてないったらあわてなーい!!」


 そしてさっきまでと同じコントロール技術を使って、変な歌声を上げながら閃光をカーブさせて俺に向けて来た。



 もちろん、結果は言うまでもない。



「なんで当たらないんだよぉ!」

「俺がひとりぼっちだからだよ」

「そんなひとりぼっちがいるかよ!」


 モンヒが冷静さを失い、攻撃を乱発し出す。だがやっぱり一発も当たらない。



「モンヒ……お前なぜこんな事をした?」

「答える訳ないだろうがバーカバーカバーカバーカ!」

「バカでもいいよ、なぜんな事をしたのかって理由だけ話せ」

「ぼくはなあ、期待に応えようとしただけだよ!さっきそう言っただろ!」

「じゃあなんでこんな事をしたんだよ、こんな魔物まで使って!あいつらの事は一体どうする気だ!?」



 斬ったのは俺だが、それでも何百単位の魔物を犠牲にしてまで一人の王子様の願いを叶えようとするなど、それこそ差別であり偽善だ。



「やめろよ、やめてくれよ、ウエダ……!」

「テイキチ?」

「すべて俺が望んだ事だったんだよ、モンヒはそれに応えただけだ!」


 だがテイキチは涸れる気配のない涙を流しながら手を広げ、必死にモンヒを守ろうとしている。


 ————ああ、友だちなんだ。どんな事になったとしても、自分の不満を晴らしてくれた親友なんだ。

 寂しくはならねえけど、悲しくはなった。



「お前…………もうわかってるだろ?」

「何をだ」

「ぼくが多くの魔物を従えてるって事?つまり」

「お前が魔王の手先だって事もか?」

「なーんだ、知ってるのか。じゃあ答えはわかるよね?」

「とっとと目の前から消えろ」

 

 案の定の答えに対しても、なおテイキチは気丈だった。自分の過ちを悔いながらも、あくまでも自分の仲間のために動いている。


「お前たち、モンヒを!」

「ああそのつもりだ、悪いけどな」

「モンヒ、今なら間に合う!」

「アッハッハッハ、やだねえ、ぼくはキミを利用してたんだよ?キミにはぼくをいくらでも殴る権利がある。ま、行使させるとは言わないけどっ!」


 俺がもう一発モンヒを殴ってやると、テイキチが背中をぶつけて来た。もちろん当たる事はなく、俺を通り越してモンヒに当たりそうになる。

「うう……」

「若君様!」

「落ち着けホソカワ……」


 テイキチが本来受け継ぐべきだったこの国も、若君様と呼ばれてちやほやされる立場、人間の姿も、何もかも奪ったはずの魔物。


 細川やセイシンさんからしてみりゃ、八つ裂きにしても飽き足らないはずの存在。

 二人が泣きそうになる中、テイキチは背中でモンヒを押している。



「どうしてだよ、キミは悲しいんだろ?ぼくのせいで母親を裏切ってさ?」

「今更お前のせいなんかにはしねえよ!ただ自分が余りにもバカすぎて腹が立っただけだよ!」



 本当、殿様の子だよな……。




「ウザイんだよね」

「あっと!」




 そして、魔物だよな……ミタガワの薫陶を受けた……。

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