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細川の敗北

 ガーゴイルたちが空から舞い降りて来る。


 真っ赤なガーゴイルが、すっかりうす暗くなっていた空に輝いている。



「ただ敵を討つのです」


 ヘイト・マジックがない以上、俺に向かって来る保証はない。


 とりあえず若君様たちとの距離を開け、いつでも堂々と武器が抜ける体制にしておく。




「お前のような邪悪な輩、俺の手によって正す!」

「やってみれば?」



 そして、細川もすっかりやる気のようだ。


(勝てばいいけどな)



 俺の期待を裏切ってあげないよと言わんばかりに、次々とガーゴイルが迫って来た。



 俺は刀を抜き、暗闇に強く主張するガーゴイルを斬った。

「やっぱり精鋭かよ」

「意気込みも精鋭のそれだな」

 だが市街地で出くわしたそれのように一刀両断にはできない。羽を斬っても血を流してもなお平然と鎌を振って来る。もちろん俺には当たらないが、それでもこれまでのよりは手ごわい相手だ。


「ガーゴイルはこうだよ……ってえっ?」

「オユキ殿」

 その証拠のように分厚い氷の壁を張り、ガーゴイルの突進を受け止めようとするオユキだったが、ガーゴイルは巧みに避けてこちらへと鎌を振り下ろして来る。

 トロベの槍により事なきを得たが、それでも簡単な相手でないのは間違いない。

「オオカワ殿、ガーゴイル相手では」

「私だって技だけじゃなく力もそれなりにあるつもりよ」

「おお、見事だ」

 大川も拳を振るい、ガーゴイルを弾き飛ばす。もちろん市川も赤井も自分たちの得物を使い、ガーゴイルに対峙する。




「さあこれ以上、くだらないイタズラはやめてもらおう!」

「そっちこそイタズラみたいな真似をしてさー」

「うるさい!」


 そして細川も、肩をいからせながら幻影部隊を投げ付けている。体当たりを決めてモンヒをなぎ倒し、取り押さえるつもりなのだろう。

 細川の顔は紅潮し、全力で立ち向かおうとしている。


 だが細川が全力なら、テイキチも全力だった。


「この野郎!」


 モンヒの魔法によりモンヒとテイキチの位置が入れ替わる。そしてテイキチの力を込めたパンチが、モンヒを取り押さえようとした幻影————実体化した騎士の幻影を打ち砕く。

 血が流れる事はないが、それでも幻影が文字通り粉微塵になって粉砕されて行く。闇夜に色のついた粉末が飛び散り、余韻も残さず消えて行く。


 それが何度も続く。


「若君様!俺はあなたを!」

「やかましい!どうしても俺を取り押さえる気か!」

「俺が止めたいのはモンヒだけです!」


 テイキチの戦意は衰えない。自分を引き戻そうとする存在への怒りの拳が、実体化した幻影を打ち砕き続けている。


 自分をからめ取ろうとする存在を、必死に叩き潰している。



「ナマイキなんだよね、本当」

「どういう事だ、と言うかどうしてだ!」

「遅いんだよね、こっちにも必殺技ってのは存在するんだよ、ほら」



 モンヒが手を振るだけで、幻影たちが実体化して行く。あわてて細川が消そうとするが、すぐさま実体化させられる。その度にテイキチのパンチやモンヒの閃光が実体化した幻影を襲い、ひとつ残らず潰して行く。


「何をやっている」

「おかしい、実体化のタイミングが合わない!」

「そんな力任せの魔法など、魔力の流れを読めば簡単だよ。ぼくにはね」



 あまりにもタイミングよく実体化され、あるいは実体化できなくされて行く。


 細川がいくら歯嚙みしても一歩も進む事なく、次々と消されて行く。


 詳しい事まではわからないが、たくさんの幻影を作った上で有効な位置にある幻影に利からを与え、実体化して攻撃するってのが細川のチート異能なんだろう。



 そのチート異能の制御をするのはおそらく魔力。


「お前の理想は叶えてやらない。ぼくはぼくとテイキチの理想のために動くんだから」

 そしてモンヒはどうやら、その魔力の主導権を奪い取って制御しているらしい。

「ほい」


 オユキが氷の塊を投げた所単純にかわして実体化した騎士の幻影にぶつけさせただけだった事からすると空間全体の支配はできないようだが、細川をまるっきり凌駕している事に変わりはない。

 氷の塊の割れる音が鳴り響き、ついでに細川の自尊心をも削って行く。



「所詮は魔力の量が違うんだよね、あっと敵意ありきだからだけど」

「おのれ……!」

「ああまったく、これだから自分が正しいとしか思ってない奴はダメなんだよねー」


 モンヒは右手の親指と人差し指でVサインを作り、左手の小指と薬指でVサインを作る。どうやら怒り狂っている細川を恐れながらも、それを歓迎しているらしい。


「俺は、あくまでも、セイシンさん!」

「ガラ空きなんだよねー!」

「何がだ!」


 細川はセイシンさんの名前を絞り出しながら幻影を送り出すが、攻撃がいろいろ雑になって来る。次々と強引に放たれた幻影はことごとく到達前に実体化させられ、さらに魔法攻撃やパンチで消されて行く。

 本当に見事なコンビネーションで、セイシンさんもため息を吐いてしまいそうなほどだった。



「あっ細川!お前そんな事をやってる場合か!

「市村、お前も!」

「いや後ろだ!」



 その間に、細川の後ろから魔物の群れがやって来ていた。

 豚鼻、そしてこん棒。

「オーク!?と言うかコーク!?」

「あれはノークだよ、天然物の強いオーク。コークとか言うお給仕ちゃんには勝てる訳はないんだよねー」


 ナチュラルオーク、略してノークか。


 モンヒが放つ光に照らされたオークたちは、隊列を組んで正確に迫って来る。


「逃げろ細川!」

「誰が逃げるか、ここであきらめたら永遠に若君様は!」



 残り少なそうな魔力を注ぎ込み、後方に幻影を送る。


「無駄なことをやめろ!」

「やりもせずに無駄かどうかわかる物か!」

「わかるよ!」



 細川の放った幻影たちは、ノークへと突っ込んで行く。あのまま攻撃すればかなり強そうな騎士が数名、並んで攻撃をかけている。

「あははは、何やってんの?」


 しかし、剣を振りかざした途端にモンヒによって実体化され、そしてその剣が他の実体化した幻影に突き刺さって行く。同士討ちと呼ぶにもバカバカしい、あまりにも一方的な虐殺。


 しかもノークたちは決して無理な前進をしようとせずじっと構えていたせいで損害はゼロ。



「細川君!」


 この同士討ちを見た前田が癒しの風を巻き起こしながら飛び出し、癒しの風をモンヒの右頬に撫でさせながら、細川の隣に立つ。

「前」

「はいっ!」

 みなまで言わせるなとばかりに細川をお姫様抱っこしながら、癒しの風をモンヒとテイキチの頬に当てながら戻って来た。




「俺は!俺はまだ!」

「あきらめろ、お前はもう負けたんだよ」

「うっ……」




 俺からの敗北宣告に、細川は前田の手の中で泣いていた。

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