俺はこれ以上誰にも邪魔されない!!(テイキチ視点)
あのヒラバヤシとか言う犬女、セイシンと同じようにいっつもインチキくさく笑い、どんなに威張っても受け流しやがる女。
そいつがあのノーヒン市にさらわれたと聞いた時には本当に嬉しくてたまらなかった。
「でもあいつは強いから脱出して来るかもしれないよ」
だからこそそうモンヒに言われた時、俺はハッとすると同時にガックリもした。
「勝ちたくないのか?またバカにされたいのか?」
「んな訳ないだろ!」
「だったらねえ…………君をものすごく強くしてあげるよ……すぐにね……」
強くなりたい。そうだ、強くなるしかない。
ああだこうだとあれやれこれやれのええかっこしいどもに目に物を見せるために。
「まったく、決心がまだ付かないのかい?」
「……」
でもその方法が、人間とは違う物になる事だとは思わなかった。
連れ去られた時には「師匠」の姿に素直に関心もしたけど、いざとなるとやっぱり怖かったのも本当だった。
「そうなればセイシンなんか一撃だよ」
「でも……」
「もたついてると来るよ、キミを功名の道具にしようとしてるのが」
「俺は師匠があんなに速く空を飛べるとは知らなくてな」
「よく失禁しなかったよね」
「うるさい」
城の西にある村の屋敷で、俺は正直迷っていた。
本当に人間を捨てていいのか、魔物みたいになっちまっていいのか。
初めて顔を合わせたモンヒ師匠は誰かさんたちとは違う実にいい笑顔をしてたけど、それでもまだ迷いがあった。
「ぼくはわかるんだよ。君の悲しみを全く理解しない連中の事」
「どういう風に」
「自分はこんなにも立派なのに、どうしてお前はできないんだって」
まさしくその通りだった。
みんな、父上は父上は。
父上は立派だからって何だ。
でもいざ人間をやめるとなると、そうやって目に物を見せた後どうするか……。
「何をためらってるんだい?」
「もう一日」
「そんな暇はないよ、ほら」
迷っていた俺の耳に、馬蹄の轟きが鳴り響いた。
「もう来たんだよ、おそらくまもなくここに来るよあの連中は。ぼくを殺しにね」
「そんな!」
「じゃなきゃキミを縛りにかな」
縛る、そう自分様の秩序によって。
そうやって拘束し、そして勝手に笑う。しかも今度は友だちであるモンヒもいない。耐えられるかわからない。
「師匠……」
俺がモンヒに抱きつこうとした瞬間――――
「ちょっと、ほらほら見てよこれ」
俺とモンヒ二人きりの所に、一人の女が飛び込んで来た。
町娘。
はっきり言ってこんな農村に不似合いだ。
「やはり!わかっているんだよ!」
この声。紛れもなくあのホソカワだった。
前に仲間がどうとか言って城にやって来て、ああだこうだと言っていたええかっこしいの幻術使い男。
そんな奴の幻影を、モンヒはどこから取り出したかもわからない刃で切り裂いた。
「すごい……」
「二の矢が来るよ」
感心する暇もなく、二の矢は近付いていた。
あの袴!あのインチキ笑顔!
完全にあの男だ!
「もう暇はないよ!」
「わかった頼む!」
俺はモンヒにその身を預け、そしてほんの一瞬だけ眠くなった。
そして目を覚ますと、俺の無駄に切られていた爪が急激に伸び、しかも鋭くなった。
「それは変化の始まり……!」
師匠の言葉通り、俺の爪はどんどん鋭くなっていく。まるで、あんな女なんかとはまるっきり格が違うのは見てわかる。
力が湧いた気になって来る。
「何者はわからぬがテイキチ様は」
「セイシン!!どこまでも俺をバカにする気かぁぁぁ!!」
俺はセイシンの胸に、とがった爪を突き刺した。
「どうやらぼくを斬る気だったらしいね」
倒れたセイシンの幻影を軽く流し見しながら、師匠は笑った。
ふざけるなよ……。
今の俺には、師匠より大事なものはない。
俺を救い出してくれた目の前の存在を失いたくない!
だから俺は吠える事にした!
「お前……やっぱり俺を笑いに来たんだな」
「何を言ってるんですか、俺はあなたを助けよう、と……」
まったく何様か知らないが、相変わらずずいぶんな男だ。
「お前のせいだぞ?」
「お前、モンヒとか言ったな!許される事と許されない事が!」
「許される?許されない?それを一体誰が決めるんだい?」
その通りだ。正しいか否か、勝手にあんな連中に決められてたまるか。
俺は、俺らは、この手で正しいか否かを決める!
「これ以上……俺をバカにするなぁぁぁ!!」
叫び声と共に、俺は自分が別物になって行くのを感じる。
強くなった。もう誰にも何も言わせない。モンヒ師匠と共に、俺の力を見せてやる。見せてやらなきゃならない。
この国、いやこの世界のすべてに!




