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俺はテイキチなんだよ!(テイキチ視点)

 俺は今。最高にいい気持ちだ!


 背が高くなり、力が強くなり、そして何よりも別人になった気がする。



「若君様!」

「俺はもう、若君様でも何でもねえ!ただのテイキチだ!」


 ああだこうだとうるさい連中を、俺はその爪で吹き飛ばす。

 幻影だとわかっていても、楽しかった。


(セイシン……これでもまだまだまだまだしか言わないのか?今の俺の力で、刀を折られても平然とそんな事を抜かせるのか?)



 今まで九年間生きて来て、今が一番幸せだった。


 できない事ができるようになっている、目の前の連中をすべてなぎ倒せる。




 これもすべて、「師匠」のおかげだ。













 俺が「師匠」と会ったのは四年前だ。二年前に母を亡くし、親父は政治だ政治だって俺を構ってくれなかった。

 いつも側にいたのは重苦しい連中や、いつも笑っているけど全然景気のいい事を言わないセイシンばかりだった。


「おいセイシン!父上に言って来い!もっと良い物を揃えろと!」

「若君様、若君様はこの国すべての代表となるべきお方。彼の者とは訳が違うのです」


 俺は若君様だった。若君様ってのはいずれこの国の支配者になる存在だ。

 だってのに、俺の服は譜代の家臣で俺の小姓になってる奴のそれより正直みすぼらしかった。

 色は薄くてやけに固く、それで模様もどこか歪んでいる。


「殿様はしょせん、民たちによって生かされている存在。その民の事を軽んずれば、すぐさま殿はその座を追われましょう」

「すると何か、父上は俺に国を追われたくないからこんな事してるのか!」

「そうなります。彼らは基本的に殿様によって立っているため、わざわざ特にどうこうする必要もないのです」


 いつもこうだった。何かを欲しい欲しいと言っても、いつもごまかされる。


 あまりにもひどいもんだから握り飯でもつまみ食いしてやった事もあったが、それを完璧に見られたうえで何にも言われなかった時には最初の二度はしてやったりと思い、三度めには最初から向こうが知ってたことに気付いてがっかりした。



「この!」


 しょうがなく剣術の練習で小姓相手に打ちまくっていたが、小姓たちも父上の命令のせいだろうかまったく手を抜かず、いつも三勝二敗ぐらいでしかなかった。

 そんなだから当然のように怒られず、そんでセイシン自ら勝てるようにしてやるとか言い出して来た。


「やってやろうじゃねえか!」

「では」


 俺が木刀を打ち出すと、セイシンは事も無げにかわす。かわさなきゃ、受け止める。


 何回打っても何回打っても、結果は同じ。



「若君様はお強うございます」

「どこがだよ!」

「太刀筋とあきらめぬ闘志、それから隙を探す洞察力、みな見事でございます」

「じゃあどうして当たらないんだよ!」


 で、稽古が終わるとこれだ。まったく、本当にいい笑顔をしながら言う!



「それは若君様の刀が殴る刀だからでございます」

「はあ?」

「お父君は常に刀とは守る物であると仰せです。それを理解してこそ若君様は殿様になれるのです」

「ああはいはい、要するにいざとなったら自分が責任を取れって事だよなー」

「そうです、それが国を愛すると言う事でしょう」


 俺がふてくされても、こいつは静かに笑いながら理屈を押し付ける事しかしない。


 何もかもが息苦しくて、ただただつらかった。




「ああもう!」


 俺は女を追い払い、部屋で横になっていた。部屋の隅には暇なときに読むようにとか言って父上が寄越して来た書物が山とある。まったく、まるで兵器みたいだ。

「本当に怖いよね」

「そうだよ、いつ何時……」




 ————そう、この時だった。




「師匠」の声が耳に入り、そしていつの間にか相槌を打ってる俺がいた事に気付いた。




「お前は」

「ぼくの事はどう呼んでもいいよ。まあ強いて言えばモンヒって呼んでくれるといいかな」

「モンヒ……」


 俺が本に向かってモンヒと言うと、「モンヒ」は優しく笑った。


 ああ、本当にいい声だ。



 いつものセイシンのインチキな笑顔とは違う本物の声だ。



「お前、モンヒって言うんだな、どうして本に」

「本に見えるかな?ぼくは本の中じゃなく、キミの少し上にいるんだよ、ほら天井の」


 天井の方を見るけど何もない。どういう事だよとか言おうとすると、今度は真後ろから声が聞こえて来た。

 振り返るが誰もいない。


「そうだよ、ぼくは目に見えない。でもちゃんと側にいるから」

「モンヒ……」

「じゃあ友だちになるかい?」

「うん……」



 俺にこんな風に対等に接してくれる存在はいなかった。そんな存在が現れたのが、とても嬉しかった。




 まあそれからというものの、俺はモンヒとしょっちゅうおしゃべりをした。


「本当に約束を」

「後で」


 モンヒとの約束はただ一つ。しゃべっている所を見られないようにする事だけ。


 そのせいでおしゃべりが中断されてガッカリって事が何度もあった。それでもモンヒは優しく、どんなことでも悩みを聞いてくれた。




「お茶にね、君のふんどしの下にあるのから出るのを入れちゃえばいいんだよ」




 そんなモンヒを師匠と呼ぶようになったのは去年の事。教育係とか言ってすんげえ老けた婆さんが俺の所に来てさ、寝る時でさえ枕の角度がどうだ敷き方がどうだだのって思いっきりうぬぼれやがってよ……本当に斬ってやりたかったぜ。


 でもそんな業突張りババアの早熟茶に俺のションベンを混ぜて飲ませてやった時にはもう楽しくて楽しくて、その後何にも言わずに二日でやめてくれてからはもうすっかり親友になった訳でな。










「大丈夫だよ、すぐぼくよりもっと強い女が来るから」


 そしてこの前のヒラバヤシとか言う犬女だ。あいつもセイシンと同じようにいっつもインチキくさく笑い、どんなに威張っても受け流しやがる。


 その女がミタガワって奴によって南の町、ノーヒン市とかってとこに送られた時にはもう笑いをこらえるので大変だったね。


 って言うかみんなあいつがいなくなったのを嘆いてるしよ……ったくなんなんだか本当に!

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