女神様の教えは!?
「しばらくはここでお待ちください。キミカ王国の国王殿自ら親書をたずさえて来たのですから、粗略には致しませぬ」
やがて見えたお城の目の前の、仏像はないが寺っぽい建物に通された俺たちに、早熟茶が運ばれる。古めかしく見えるような土器の茶碗に入った早熟茶は、おいしそうに湯気を立てている。
で、実際うまい。って言うかトロベも結構失礼だな、俺が口を付けてから飲み出すだなんて。
「って言うかあぐらはやめとけ、礼節がないと思われるぞ
「いやその、この板敷きって言うのはどうにも慣れなくてだな」
「お前本当に旅人か?」
同じ旅とか言っても、俺達はミルミル村からこのトードー国までやって来た。トロベと俺が出会ったのはシギョナツであり、それ以前のトロベがどの辺りを旅していたのか俺らは知らない。だがトロベの性格からしてエスタの町やクチカケ村の事情を知れば無視するとは思えない以上、もしかするとトロベも案外と範囲が狭いのかもしれない。
「単純にだな、この国はあまりも特別すぎてな。ましてや表向きには数百年単位国交断絶していたような国だ。半ば意図的に忘れていたようなところもある、知は力であり、同時に平気でもあるからな。ラン王子様は次はトードー国についての資料をまとめると息巻いておられたが、それこそ厳しいかもしれんな」
敵を知り己を知れば百戦危うからずは有名な兵法だが、だからと言ってあまり知識がないのも危険だ。何も知らないゆえに蛮行を意図せずして起こし、それが問題となる事もある。最悪の場合は自分と同じ人間だと思わず、最期の一人まで殺し尽くすような事になるかもしれない。
「例えばこの国ではおそらく早熟茶が好まれているだろう」
適当な当て推量でしかないが、日本ならば緑茶=早熟茶の方が好まれているだろう。紅茶って文化がいつ日本に来たのかは知らないが、いずれにせよお茶と言えば緑茶だったのが日本人のはずだ。
「そういう事だけでもお互いを理解し合う事はできるのであります。肩の塵ひとつとは言え全てを始める事は可なり。また終える事も可なり」
「ちょっと!」
「オオカワ殿」
その流れで聖書の一節らしき言葉を唱えた赤井にまた大川が突っかかる。丁重に正座を組みながら心を乱してるその有様に、誰よりも先にキミカ王国人であるトロベがツッコミを入れてしまった。
「トロベ、この国は」
「霊を霊と断ずるには霊とするに値する故を得てから当たるべしと申す」
「このっ」
「大川!」
緑茶より熱くなっていた大川があわてて聖書の一節がそらんじられた方を向くと、背の高いサムライがいた。羽織袴に長い刀を持ち、しっかりと髷を結っている。
「女神様の教えに何か」
「ああいえその、これはあくまでも、かつて女神様の教えを」
「信仰はあくまでも変わっておらぬ。かつて聖書の一節から始まった戦があったとは言え土、同じ神同じ書に因って立っている事には変わらぬ。わが国でも聖書の教えは変わってはおらぬ」
キリスト教にもカトリックとプロテスタントがあり、イスラム教にもスンナ派とシーア派がある。仏教にも山と宗派がある。
江戸時代江戸時代してるからと言って、キリスト教「そっくりに見える」聖書の教えが禁忌とされているだなんて限らない。
(「大川、お前やってる事が三田川と変わらんぞ」なんて言えねえよな……)
弱り切った彼女を俺が支えられるのか、その点はどうにも自信が湧かない。
「ウエダーどうしたのー」
「ああオユキ……」
「ご心配は無用。貴殿らがキミカ王国からの正使である事は既にこのセイシンが確認しておる。拙者自らコーコ様に面会させるべく参った。難しいやも知れぬが、どうか肩の力を抜いてもらえれば幸いである」
セイシンって名前のおサムライさんの前で、名目的とは言えリーダーがこんなに落ち込んでいてはとばかり背を伸ばすが、それでも気分は晴れない。
「長旅でお疲れであるか?」
「いえその、俺達は友人を探しておりまして……一刻も早く会いたいなと」
「やはりか」
やはり――――もう何もかもわかってるんだろう。
実は出がけにキミカ王様から書を改めさせてもらったが、俺には全く普通のあいさつ文にしか見えなかった。もちろん国交のない国からの書状と来ればあいさつ文でも重要ではあるが、わざわざこんな仰々しく持たせる理由もない。
「貴殿らが名の知れた冒険者である事はもう知っている。さればこそこうして参ったのであろう」
「恐れ入ります」
「この国ではまるで珍しくもない黒髪だが、それがリョータイ市並びにキミカ王国にいあるとなると話は違って来る。必ずやこの国にいる仲間たちに会いに来ると思ってな」
仲間「たち」。平林以外にもいると言うのか、一年五組が。
「わかるのですか」
「髪や目が同じでも違いはある。何よりもその者たちは特異な力を持っておる」
「それで迷惑をかけてなければ良いのですが」
「その事についてはお殿様自らお話になられます。いざ参りましょう」
すでに俺は十三名と出会っている。金髪の田口を除けば六名、平林を除けば五名。
いったい誰がここにいると言うのか、何をしているのか。話は通じるのか。
「赤井、オユキの手を」
「私はユーイチさん以外には!」
とりあえず足がしびれてしまったセブンスとオユキとトロベの手を引きながら、俺達は寺を出た。
「これはまた改めて」
「立派な城ですね!」
パッと見た所五層建ての、キミカ王国よりも大きいらしいトードー国を見渡せそうなほどの高さの城。城門からして俺の三倍の高さがあり、まさしく本城と言った風情だ。
「あくまでも居城としての城に過ぎんのだがな」
「それは……」
だがよく見ると狭間のような防備施設がなく、いざ攻撃を受けたら案外簡単に落ちそうな気もする。正直平和な時のための城であり、あまり実用性を感じない。
セイシンさんは苦笑いを浮かべながら、城の中を先導していた。
「ああ……」
十字路の所でそんなため息を漏らしたのが誰だったのか、俺はわからなかった。だがそのため息に引っ張られるかのようにその方向を向くと、俺も同じようにため息をこぼさざるを得なくなった。
石垣が崩れている。平和なはずの国で一体どんな戦いがあったのか。それもやけに正確に狙いを付けて……
「あっと!」
とかよそ見して俺を戒めるかのように、左側から石が飛んで来た。もちろん当たらなかったが、結構な速度だ。
「おいお前ら何なんだ?」




