サムライの国
作者「いよいよ第九章、前半最終章です」
「………………」
南門を出るや、思わず言葉を失ってしまった。セブンスが口を押さえるのも無理はない。
キミカ王国とトードー国を結ぶ街道は、街道と呼ぶにはあまりにも短い。
そして、汚い。
目が良ければなんとなくトードー国が見えるかもしれないほどの距離しかないのに、ひたすらに荒れている。
草は生え放題、地面も平らな所が少なく、って言うか石積の跡さえもある。
「この街道は両国の協定で整備をしない事になっている。許されるのは死体を拾う事だけだ。と言うかこの道自体、まともな使者を通す時にしか使っていないからな。それもせいぜい十年に一度だ」
「これどれだけかかるんだ」
「半日は要るな」
本当に国交がないんだなってよくわかる。日本でも使われない道とその周辺の建物は容赦なくすたれる物だが、ここではそれこそ百年単位で使われてねえんだろう。
って言うかそんだけ経ってるのにまだ石積が残っているとか……。
「キミカ王国からトードー国へ向かう人間は西側の道を使うのだがな」
「だったらなぜこっちから!」
「その移動は、あくまでも非公式な亡命と言う形を取っている。あの戦役以来、幾度もトードー国を攻撃するべきだという議論が持ち上がって来た。だがその度に北の領国から強引な収奪を行っては不興を買い、独立戦争の発生と言う悪循環を繰り返して来たのがキミカ王国だった」
「それは聞いてますけど、しかしここまでって……」
セブンスがひるむのも関係なく、トロベが先導役となる。
しかし道と言うかほぼ草むらで、どこが本来の道なのかもわからない。
何百回と殺し合いが繰り広げられて来て、すっかり血を吸い切ってしまったはずなのに植物は平然と生えている。全く強い事だ。
「目が良ければトードー国を臨むことは不可能ではないし、逆もまたしかりだ。だがそれゆえに楽ではない事も多い」
「暗黙の了解ってややこしいですね」
「じゃあなんで今回」
「国王様はずっとトードー国との本格的な和睦を願っていた。今やトードー国は我が国よりすっかり強大だ、ゆえに国交を回復する事すら難しいかもしれぬと言う話さえもある」
戦争の勝敗を決めるのは何か。兵器か、故人の戦闘力か、作戦か、それとも国力か。
その四番目の点において、トードー国はキミカ王国を超越してしまったらしいことがなんとなくわかった。
ただでさえ内乱に内乱を繰り返してシギョナツやサンタンセンの辺りまであった領国――――つまり三分の二以上の領土を失った上に経済面でも北東を占めるリョータイ市及びハチムラ商会に頼っているのがキミカ王国の現実だ。
「国家保全のためには頭を下げるのもやむなしだが、大っぴらには動きたくない……」
「だったらなぜ今回は」
「虚勢だ。これほどの精鋭が味方しているのだぞと言う印象をトードー国に与え、決してキミカ王国の意志を無視できぬようにせねばならない。そんな役目を背負わせてしまって済まぬな」
トロベは恐縮しきりだ。最低でもUランクの冒険者六名――それが精鋭部隊と呼ばれる存在、戦闘単位として扱われている。
「俺たちの目的は平林を探す事です」
「もちろんその旨は心得ている。だがトードー国の君主は彼女を大変気に入っているとか言う噂もあってだな、そう簡単に手放すとは思えんぞ」
「厳しいでありますな」
「そのためにも、できるだけキミカ王国に近い者として振る舞ってもらいたい。無論四人にはその思い出をも貸してもらいたい」
「やってみせよう」
どうして平林が人狼になったのか。なんでトードー国のお偉いさんに気に入られているのか。なぜ同じ場所に来なかったのか。それ以外にどんな力を持っているのか。いろいろと考えごとはある。
(どうあがいても俺は○○の一員でしかない。一年はともかく五組だなんて全く偶然集まった単位でここまでの事になるだなんて、理屈をこねくり回すだけ無駄だよな。
ああ、市村に勝てねえのもたぶん理屈じゃねえ)
市村は胸を張りながらこの草むらを前進する。常に背筋を引き締めて立つ姿はいちいちきれいであり、その上にカッコいいから文句のつけようもない。
(にしても、サムライの国トードー国か……)
(「禁断の魔術はどうやら、自分たちが考えている「食物」と違う物には作用しなかったらしいのです。ゆえに新たなる主食を発見したトードー国民は戦いを有利に進め、それゆえに禁断の魔術は廃れたともされています」)
ラン王子様はトードー国についてそんな事を言ってた。俺達の住む日本のように、いろんなものが食えるんだろうか。
それがトードー国の勝因だと思うと、五日間腹一杯食ったのにまた喰いたくなる。一日二食にも慣れたはずなのにぜいたくな胃袋だ。
そんな事を思いながら体を進めていると、急に草むらがなくなっていた。
「この辺りは」
「まだ緩衝地帯のはずだが」
「一方的な伐採もできないと言う」
「って言うかこれ燃えてない?」
まるでわざととしか思えない刈り方と言うか燃やし方をされていて、正直きれいと言うか気持ち悪い。
「燃えてるってどういう……」
「曲者!」
オユキの言葉にどんな状態なんだよとばかりに飛び出した俺に向けて、いきなり槍が飛んで来た。
「うわっと!」
不意打ちだからって当たる物でもないが、とは言えさすがにびっくりする。鎧兜ではなく陣笠に木製の胴を着た足軽っぽい兵士が突き出して来た槍を避け、俺はゆっくりと両手を上げながら歩み寄って行く。
「まあまあ落ち着いて下さい」
「この……」
「すまなかった、この前とんでもないのが現れてこの緩衝地帯の草を焼いてだな、それでかなり神経質になっていてな……」
「そのような事情があったとは知りませんでした」
両手を上げるようなやり方が通用する程度にはやはり日本であり、そして話が通じる程度には大国なのだろう。
俺は上げた手を下ろす事なく、セブンスに書状を出させた。
上田「作者あんな事言ってましたけど次の節目はもっと後なので気になさらないでください」




