大川の勇気
なんとか土下座しようとする王子様をなだめすかして座らせたが、それだけでまた腹が減る。
その事を口にするとまた心配をかけるので必死にこらえようとするが、それでも勝手に腹の虫は鳴る。
「禁断の魔術か……」
「ええ……」
俺は空腹のせいで震える手を必死にこらえながら水晶玉を差し出す。
澄み切ったように見えてどこか歪んでいる水晶を、目の前の爺さんはじっと見つめている。
自分の人生を狂わせたって言うかぶち壊した水晶を差し出されながら、まったく顔を変えようとしてない。本当に堂々としたお人だ。
「ふむなるほど、この水晶にはもう呪力は残っていない。そしてこの水晶にたまっていた魔力はおよそ七人、一日分であろう」
「それは!」
「いや本来は三日分ほどは有効だろうが、しょせん捻出の方法が素人じゃった」
米野崎がガーメに見せた紙に書かれた魔力の抽出法は、それこそ素人でもできるような方法だったらしい。それで魔力を無駄遣いしたせいで、本来の三分の一の魔力しか出せなかったらしい。
「それにさ、本来はこの禁術は特定の存在に向ける物じゃないらしいよ?」
「誰に向けてもダメな代物だろ」
「敵国、と言うか異教徒の集まる場所に振り分ける物だったとされてな……どちらかと言うと線と言うより面の魔法と言える」
俺の益体もないツッコミに答える事もなく、魔法の原理が示される。
それこそ異教徒と言う名の害悪を苦しめるために作られた魔法であり、結局はそういう風にしか使えねえんだろう。
「今回犯人はそなたらを狙っていた。相当に強い恨みを持たれていたのであろうな……」
「ですが実行犯は」
「もちろん実行犯は大した意味はない手駒だろう」
「イミセって人はさ、とんでもなくちっこい恨みのためにさー、お願いします助けて下さいって靴をなめに来るのを待ってたって……」
「ドレス、どれするって言っても別にいいのにー」
「アハハハハ……!」
自分の靴をなめに来させるためだけに使うだなんて、まったく呆れて物も言えない。
米野崎は軽い言葉でぼやき、オユキもダジャレで応え、そしてトロベは予想通りの反応をしてくれた。
米野崎も王子様も笑い、俺も笑った。
「気が利いてるよねー」
「オユキは素晴らしいな」
「それは嬉しいなー」
「いずれにせよ、五十年もの時を奪ったのはあまりにも大きな罪です!」
「退屈はしなかった。力を求める者あらば寛容だったつもりだからな。数年前にはモルマと言う武闘家が来てな」
「彼はほどなく王家に戻り、しばらくは兵士たちの指導教官となってもらいます」
モルマさんは既に王宮に戻っているらしい。あんな真面目で優しい人ならば絶対みんなに慕われる。それだけじゃダメなのかもしれないけど、それでもモルマさんやキアリアさんのような人に治められるんならば俺たちは幸せな気がする。
「じゃが彼で良いのか?彼は兵士たちになめられるかもしれない。それでは兵士は育たぬかもしれぬぞ」
「父自らの言葉でもですか」
「モルマと言う存在は理不尽を破るためにはいくらでも戦えるが、理屈の通った相手には拳を振るえない。わしの事情を少し説明してやったら、たちまち拳が鈍ってしまった。まあ少しばかり誘導もしたがな」
しかし、同時に甘いのかもしれない。ギンビに対しても強く出られなかったモルマさんには、時には果断を要するような立場に就くのは難しいのかもしれない。
「わしに罪があったとすれば、それは彼と同じ甘さだな」
「甘さとは」
「姫様だからと唯々諾々と従うのではなく、この国から退転する事を常に考えておくべきだった。嫌われようが憎まれようが、言いたい事を言った上で向かい合うべきだった。
わしは姫様に負けてしまった、それゆえにあんな真似をやらかした。本来ならばもっと早く叱責でもすべきだったのにな」
お姫様が命がけで挑んで来たもんだから、その時点で負けを認めてしまったのかもしれない。だから敗者らしくおとなしく、じっと魔法の研究と言う名の現実逃避に走り、暴走するお姫様を止められなかった。
「人間と言うのは予想より優秀な存在を想像する事はできます。しかし予想より愚かな存在は想像しづらいのです」
「愚かな、ですか……ああ……」
遠藤はまだわかる。剣崎だって元からああだった以上としか言えない。三田川だって力を得てしまえばああなる気もした。辺士名についてはまだあまりよくわかっていないが、あの余裕のなさからすると同情の余地はある。
で、この世界で言えばミーサンもロキシーもダインも、みんな自分の利益のために戦っていた。結果的に敗者になっちまったけど、それでも部下や村のために頑張っていた。
だがイミセってのは、自分が気に入らないトロベをぶん殴るためだけにあんな事までしてさ、ったくどこまで……
「赤井!あんたどうしてあんなもんばっかり読んでるの!」
とか考えているときなり大川が怒鳴った。立ち上がって赤井の首根っこをつかみ、泣き顔で震えている。
「大川さん」
「ああいうのってもう見てるだけでイライライライラして精神統一できなくなるのよ!本当、この世界に来て二番目か三番目に思ったのはね、あんたや米野崎たち三人はこの世界は楽しんでるんでしょうねって事だったの!」
「そんなバカな!」
「もう本当にあんたの言動が気持ち悪くって、正直こんな男になんで人気があるのかって悔しくて悔しくて仕方がなかったの!」
「悔しいって!」
「私はずっと身体を鍛えて来た。男も女も強いのが一番だと思ってた!強くて努力しているのが一番だと!でもあんたは!」
市村や王子様が止めるのも聞かず、大川は吠えまくる。
「気持ち悪いでそこまで言うか?」
「そうよ、それがわかってるからこらえてたの!ましてや三人も同じ考えの存在がいるから!!ずるいじゃないの、その上に、その上に……!」
大川にしてみれば相当に大きなわだかまりだったんだろう。
「あのその、呼吸が苦しいのでは」
「その上にあんたほどの頭がないのが悔しかった、学問でも負かして二度とあんなもんに触れさせないように言ってやりたかった……ああ……」
わだかまりを吐き出す勇気ってのは、必要だったのかもしれねえ。




