五十年前の事件・後編
「宮廷魔術師の手紙?」
「いや、あなたのあずかり知らぬ所で書かれた闇帳簿であり、様々な名目を使いあなたに入るべきであった資金を横流ししていたと」
なんでも往生際の悪い「宮廷魔術師」を認めない一派が密かに別の「宮廷魔術師」を作り、こっそり資金を横流しして王が与えるそれよりも良い待遇を与えていたらしい。
「王様の言う事なんか全然聞いてないみたいでさ……」
無視、陰口、嫌味は日常茶飯事。
と言うか少しでも関わろうとすると即座に仲間外れルートまっしぐら。王自ら注意しても右から左へ聞き流されてしまう状態が続いていた。
「そんな中、わしが姫様は誘惑したのだと言う噂が立ち始めたのだよ」
「ここまで聞いてりゃわかりますよ」
それでこの結果、ガーメが姫様を惑わして宮廷に入り込んだって噂が立ち始めたらしい。
元からお忍びでギルドまで出かけて行くようなお姫様だからって前提をすっ飛ばしてるお話だが、それでも広まって欲しい人間たちによって一気に広まったらしい。
「宮廷を去る事も願ったが、それでも王は自分の決定を無視するのかの一言でわしを押しとどめた。そして何より、今までまともに作法も魔法も学ばなかった姫様が精を出すようになったと言うだけで価値があると言われてな……」
しかしその正の作用があった以上無下にもできず、それゆえにじっととどまっている事しかできなかったらしい。
「しかしまさかそれが……」
「ああ……」
だが姫様が必死になって身に付けようとしていた魔法こそ、禁断の魔術だったのだ。
その魔術書をどうやって入手し習得したのかはわからないが、いずれにせよ禁断の魔術を習得してからと言うものの、イーサ姫は完全に暴走したようだ。
「わしを嫌っていた者から次々と食欲不振になり、だんだんとやつれて行った」
イーサは一人ずつガーメを害しようとした人物に水晶を通して禁断の魔術を施し、味覚を奪うことによって鬱状態に追い込んだらしい。
「それによりあなたを蔑むものはいなくなったのですね、表面的には」
「わしより先に心を病み、宮廷を去る者も多かった。結果的に余計にわしは嫌われ、いや恐れられてしまった。そしてその事に心を奪われ、国を知る事を怠った」
全くもって、一方的で逆効果な行いだ。イーサ姫を疑うってだけで不敬であり、ましてやそんな禁断の魔術なんぞに手を出しているとかだなんて論外だってのが普通のお貴族様の思考だろう。
ましてやガーメなんてのは「姫様の一存」で入り込んだ職権乱用の種のような存在であり、疑わない方がおかしい。そしてガーメは市井生まれの冒険者上がりであり、宮中の歴史やかつての戦役にはさほど詳しくなかった。学ぶ機会はあったが、妨害続きでそんな暇が回ってくる事はなかった。
「そして、あの日」
「ああ。今、姫の墓と呼ばれておる所に、わしはいきなり連れ去られたのじゃ……」
※※※※※※※※※
「姫様……!」
「本当、すごいよねーこれ!」
イーサ姫の瞬間移動魔法によっていきなり飛ばされたガーメが戸惑う暇もなく、イーサ姫は一つの球体を見せつけた。
まるで子供がおもちゃを扱うかのように、イーサ姫はまがまがしい紫色に染まった水晶を見せびらかす。
「この水晶で何をなさったのです!」
「ガーメをいじめる奴は全部これでやっつけてやったから。もう何も心配は要らないよ」
出会った時から変わらない、純粋な笑顔。
でもその時は、ただただ恐ろしいだけ。
「何をするかと思いきやこんな真似を、全ての犯行は姫様だと言う事ですか!」
「だって王宮魔術師だってお父さんが認めたのに文句ばっかり言うのが悪いんだもん、あんな奴ら罰を受けて当然!」
少女が与えられた権力と魔力を使って自分と二人きりになり、平然とそんな事を言い出す。
「何たることを!」
自分が宮廷魔術師となってから数ヶ月後に起きた連続食欲不振事件の真犯人を目の前にして、ガーメは手を上げる事しかできなかった。
「ちょっとガーメ!」
「そのような事をして、王家をも奪い取るつもりですか!」
「何言ってるの、私はただガーメのためだけに!」
「姫様はもはや謀叛人も同然です!」
「別にいいけど。私とあなたこれから一生過ごすんだから」
その上で頬の赤い少女に向かって簒奪者だの謀叛人だのわめいてみたが、目の前の少女は全く動じない。
自分で宮廷魔術師にしたくせに、平気でその地位を捨てて駆け落ちしろとまで言って来る。
支離滅裂にもほどがあるお話だ。
「別に水晶がなくても私は魔術を使えるから。一生守ってあげるから」
「その魔術は危険です!」
「私とガーメを認めない奴は全部滅んでもいい、私はそう決めたの!」
恋と言うより、もはや妄信。
一応それなりに恋愛もしたつもりだったが、それでもここまで乱暴に押して来る女性との出会いはなかったし、何よりも危険すぎた。
「……わかりました、答えをお見せしましょう」
※※※※※※※※※
「わしは焼いたのじゃよ、王女様をな……」
観念した顔になった男に向けてついにやったと喜ぼうとしたいたいけな少女を、今まで習得した中で最強の炎魔法を使って焼いたと言う。
「熱い、熱い、なぜ……そう叫んでおった…………」
「なぜ捕えて突き出さなかったのです」
「さすれば姫様の名に傷が付く。わし一人が罪を被ればいいと思ってな、だが姫様を甘く見ておった」
「宝玉ですか」
骨と灰だけになったイーサ姫の亡骸を見て涙を流そうとしたが、それでもあの禁断の魔術が込められた水晶だけは入手して王に渡したかった。
「だが、その水晶は消えていた……姫様が消しておった……」
「瞬間移動の魔法でですか」
「その時の姫様が何を考えておったのかはわからん……あるいはわしの裏切りに怒り、自分が成し遂げた物の結晶だけは残そうとしたのかもしれんな……」
まったく、とんでもない姫様だ。おてんばもいいけど、ここまで来ると本当に迷惑極まるとしか言いようがねえぜ……。




