一途な思い
第8章もそろそろ終盤です。
「あいつの命だけは守ってください、一応は仲間ですから」
「ウエダ殿に感謝するのだぞ!」
ラン王子に率いられてイーサ姫の墓の辺りまでやって来た王国の兵士たちによって、辺士名とイミセは引きずられている。
「しかしずいぶんと早いなー」
「黒目団の討伐については父上も気にしておりました。アカイさんとイチムラさんを共に連れて行き、密かに兵を率いておけと。それで苦戦するようであればイチムラさんに伝令を頼んでいるところでした」
王子様はしっかりと馬上の人となり、小さな体を大きく見せている。
本ばっかり読んでいたとは思えないほどに馬を手の中に入れており、優しげに鳴く馬の声が空きっ腹に響く。
「やっぱり赤井君カッコいい、白馬の王子様ってこういう人の事言うんだよねー!」
「何を言ってるんですか、王子様とはユーイチさんの事です!」
そんでわかっていたが、米野崎は赤井に夢中だ。傍から見れば明らかにクオリティの高い男がたくさんいるってのに、本当に好きなんだろうな。学校ではあくまでもオタク情報の交換だけの関係だと思ってたのにさ、神林や藤井がどう思うやら。
って言うかセブンスも自己主張が激しいな、って言うか二人して目の前に白馬でこそないが王子様がいるってのにさ。
大川は呆れ、オユキとトロベは苦笑いしている。
「王子様、一途な思いは強き物です」
「そうですねトロベ、その一途な思いもいいのですがね……」
一途な思い。そう、あるいはイミセのそれも一途だったのかもしれない。
一途ゆえに、とんでもない事もする。
「トロベ……!」
「そなたに何も言う事はない」
イミセもまた一途な憎しみにより、こんな真似をしちまったんだろう。あまりにもくだらない理由であっても、気持ちは本物だったんだろう。
涙目の顔が痛々しく、経験した事はないがまるで失恋でもしたみたいな顔だぜ。引きずられながらも必死に悪態を付いている。
「てめえのような陰キャ野郎に……」
で、その一方で辺士名はなんて言うか、斜め上を向いてふてくされてるだけって感じ。
「他に言うことはねえのかよ…………」
陽キャだとか陰キャだとか、んな事はどうでもいいっつってんのに、終わった事をずーっとグチグチ言ってる方がよっぽど陰キャじゃねえかよ。
「あのさ、もう一回言うけどな、てめえがやってるのは遠藤と同じだよ。自分の中だけでチョーカッケーってやってさ、それで無駄に迷惑かけやがってさ……」
遠藤と言い辺士名と言い、どうして運動部のレギュラーがこうなっちまうのか。
最初に出くわした人間の差とか言うには、あまりにも悪く染まり過ぎだ。
「まあ、情状酌量の余地はあるようですから、父上とも僕が掛け合いますよ」
「頼みますよ、こんな奴ですがまだ更生の余地はあるはずなので。
って言うか失われた禁断の魔術を何に使うかと思えば……としか申せませんよ」
「連中は言ってましたけどね、かつてガーメにより城を追われたと」
「だからと言って庶民を傷つけていいなどと言う道理はどこにもありません。ましてや国家転覆など、一体どれだけの犠牲を出す気なのですか」
「国家を手に入れるためには、国民を手懐けなければならねえ。こんな脅しみたいな形で従わせた所で長続きしねえ」
そんなごく当たり前の事を、まさか辺士名が忘れるとは思わなかった。
そう言えばあいつ正直成績は良くなくて、しょっちゅう学業に四苦八苦してたな。まさか三田川には聞けねえし、ましてや赤井なんてなおさらだろう。噂の範囲だけど、かなり無理をして入ったとも言われている。
「あいつはまだ立ち直れる、そう思いたいけどな」
「そう願いたい物ですね」
……で、二人の護送に付いて行かずになぜかラン王子様は残っていた。
「なぜまた」
「僕自身、会いたいのです。ガーメに」
「ガーメに……」
お師匠様ことガーメ。姫様を殺したとか言う魔導士にして、米野崎の師匠。
どんな人間なのか知らなければいけないだろう存在。
その存在を求め、俺達は再び北上する。
空きっ腹を抱えながら、俺たちのペースで歩く。
どうやら、赤井と市村も腹が空いているらしい。
「水晶玉に封じ込められている魔力をすべて放出したとすると、もう少しはその状態が続くかもしれません」
「厳しいですね」
時には馬に乗せてもらいながら、ひたすら北へと進む。戦いの後のせいもあり、やたらと腹が減る。唯一大川だけは平気そうだが、それでも足取りは重い。
「しかしガーメって人は」
「万一の時は」
「そんなのないって!」
愛弟子様に引きずられるように、俺達は歩く。ちょうど先ほど激闘を繰り広げた廃城まで来たが痕跡を顧みる暇もなく、ただ前だけを見て歩こうとした。
「はれ!?」
そのはずがいきなり、目の前が草むらになっていた。
城が消え失せたんじゃなく、いきなりとんでもなく飛ばされた感じ。
そりゃ俺だってこれまでいろんな魔法を見て来たけど、これこそ本物の魔法って感じの魔法。
「さすが師匠、用意がいいよねー」
そして山道にたたずむ、一軒の薄汚れた家屋。
小屋と言うにはデカく、邸宅と言うには小さな家。
その家の朽ちかけた木でできた玄関に向かって、米野崎は下馬した王子様共々元気に走って行く。
「師匠ー」
「ヨネノザキ、戻って来たのか」
一人の真っ赤なローブを着た老人が、やけに早足で向かって来た。
「みんなお待たせ、師匠のガーメ様だよ!」
そして、全く予想通りの名前が飛んで来た。




