そんな理由!?
「なんだよ、この!ぼっちの陰キャ野郎のくせに!王家の大義を!」
「遠藤がどうなったかはもう言い聞かせただろ!ここまで来ちまったら陰キャも陽キャもありゃしねえよ!」
すっかり頭に血の上り切った辺士名は透明化のメリットをぶち壊しにするように叫びまくる。ソードブレイカーとか名のついたただのカミソリを振り回し、当たりっこないはずの俺を斬ろうとする。
「お前はいつも嘘ばっかり!」
「どこらへんがだよ言ってみろ!」
「あんな水晶に一体何ができるんだよ!」
「もうやった後だろうがよ!」
禁断の魔術を使い切ったせいか知らねえけどやたらきれいに輝く水晶玉と来たら、大洪水を起こした後の川みたいにきれいに輝き、血生臭いこの廃城をむやみに明るくしてやがる。
「辺士名、お前のやってるのはただの強盗だ。って言うか謀叛だ、国を乗っ取る気か」
「俺はな、ただ奪われたもんを取り返しに行ってるだけだよ!さっきから何べん言ったと思ってるんだ!」
「こっちだって何べんも言うよ、どうやってこの国を治める気だ!そういうとこまで遠藤の真似をすんじゃねえよ!」
「だからさ、田口のようにおとなしくしてくれりゃ良かったんだよ!」
「ひとりでサッカーができる訳ねえだろこのアホ!三田川も笑ってたぞ!」
田口の事をこいつはずーっと見下していた。陸上部とサッカー部の練習場は近接していたが、二軍の田口に対しこいつはいつも上から目線でパシリをやらせていた。ったく、レギュラーとか言っても所詮は三十分の十一に過ぎないってのに。
「だいたい、こっちが徒手空拳なのにそんなもんに頼らなきゃ勝てねえのか!」
「お前に何が分かるんだよ!」
「わからねえよ、お前の場所以外は!」
だいたい、いくら武器ごと透明になろうが目標が俺である以上攻撃の行く先はわかりきっている。当然、所詮は手に持ってしか使えない武器だから攻撃の箇所が分かればどこにいるかもわかる。
武器の代わりに拳を振るい、真正面から向かって来るだろう敵を殴り倒すつもりで戦う。
傍から見ればシャドーボクシングにしか見えないだろうが、それでも俺は真剣だった。
「おいどうした!」
あるいはマヌケかもしれないはずのその姿は、確かに笑いを誘ったかもしれない。
しかし、もう一つのもんも誘っていた。
「この――――バカ!」
「あぐっ!」
渾身のストレートパンチがついに当たった。漏れ出した笑い声が辺士名の位置をつかませ、狙いを定めさせたのだ。
「もう勝負は見えたぞ!」
「まだまだぁ!」
また別の赤い血が、草むらの中に落ちる。
それだけでもバレバレなのに、力が弱まったせいかソードブレイカーが見えちまってる。
こうなったらもう透明チート異能だなんて意味がない。
「おとなしくお縄を頂戴してくれ、俺はもう腹が減ってるんだよ!」
「てめえのようなクソザコに誰が屈するかよ!」
「まだんな口が利けるのかよ……」
まったく、こんな状況になってなおあきらめる気がねえのか……俺は三度めとも言うべき往生際の悪い光景に、内心ガックリしながらカウンターを決めてやろうと拳を握った。
「やああああ………………!!」
透明チート異能なんぞ使う気のない大音声で叫びながら突っ込んで来た辺士名だったが、いきなり叫び声が止まった。
「ああ!」
「うぐっ……!」
いきなり宙を舞ったイミセが、俺の目の前で浮かんでいる。
「すごいよ、オオカワ!」
オユキの称賛の声が鳴り響く。
トロベとセブンスの息が上がっている中、大川は得たりとばかりの表情をしていた。
「セブンス」
「すごいです、トロベさんに向かって突撃していた所を後ろからひっくり返して一気に投げちゃって!」
セブンスは興奮しながら、いきさつを教えてくれた。
セブンスとトロベに向かって槍を振り後方の警戒を怠っていたイミセに、大川の一本背負いが、決まったのだ。
「イミセ……もうこれまでだろう」
辺士名に乗っかかったんだろうけど、どうにもこうにもマヌケな絵面だ。
「なんでこんな事をした」
辺士名のソードブレイカーとイミセの槍を取り上げた俺は、二本の得物を抱えながらイミセを見下ろす。
「トロベ……あんたにだけは負けたくなかった!!」
「イミセ……」
「なんで決闘でも申し込まなかったんだよ!トロベなら受けただろう?」
「当たり前だ!」
トロベに勝ちたい。実に簡単な話じゃないか、決闘を挑めばいいのに。
「じゃあどうしてこんなもんを使ったんだよ、こんな禁断の魔術を!」
禁断の魔術なんてもんを使ってまで、どうして勝とうとしたのか。騎士ならば騎士らしく、もっと違った戦い方があってもいいじゃないか。
「決闘で勝って紛れるようなもんじゃないからよ!」
「じゃあ何だって言うんだよ、戦争か、政治か!」
「十年前……」
「十年前何があったんだよ」
「私よりきれいなドレスを着てたのが許せなくって、しかもいやいやそうな顔をして!」
…………ハァ?
「この女は自分にない物を手に入れておいてそれを何とも思わない……それが」
「バカヤロー……」
他に何の言いようもない。
十年前に、自分よりもきれいなドレスを着ていただけのトロベに対する嫉妬?
たったそれだけ?
んな些細極まる事をずーっと根に持ち続けて、その果てに禁術にまで手を出した?
ああ、情けなくて腹が減って来る。
「トロベ、こいつ殴っていいか」
「やめておけ、ウエダ殿が手を出す価値もない」
「とは言えさ、さっき言ってた通り、確かにこいつは王家をも脅かす禁断の魔術だぜ。それこそ国を乗っ取る事さえも可能なそれだ」
「ええっ……」
「ふざけんなてめえ……」
ええっじゃねえよ、ええっじゃ…………っつーかさっきから言ってただろ……。
俺が胸ぐらをつかんで腹に一撃入れてやると、耳障りなほどの大声で泣き出した。
もし女を拳で殴るだなんて卑怯だとか言うのならば、俺は卑怯者で十分だ。
食事って奴は王侯貴族から庶民まで、等しく与えられるべき代物のはずだ。その楽しみを奪うようなこの魔法はまさしく禁術であり、まかり間違ってもただの嫌がらせに用いられるようなもんじゃねえ。ましてや、逆恨みもいいとこなお話のために……。
このマヌケ面、いやアホ面、って言うか嫉妬面をぶっ飛ばしてやった俺は、空腹をごまかせる程度には気分がよくなっていた。
「私は、あくまでもちょっとこの女がへこめばそれでいいと思っていた!別に国家転覆など!」
「まあ、こんな形で浪費してくれた事だけは礼を言うけどな。こんなくだらねえ上に不毛な兵器、この世に存在しねえほうがよっぽどいい」
「ってあんた、そんな事言っていい訳、本当にそんな大事なもんがなくなってさ」
「イミセ…………こんなやり方で国を奪った所で何になる?いや確かに魔王軍相手には必要だったかもしれないが、魔物に果たして有効なのか、そんなのぐらい調べてから行使を考えろ!」
「でも実際にあの雪女には有効だったじゃないの、それをあんたは!」
話の通じない女を目の前にして、余計に腹が減る。
どこまでおかしいんだこいつは。
「あんたがもう少しでも愛想が良ければねええええ!!」
「おとなしくお縄をちょうだいしてくれ……」
俺はこの女を縛り、その上でチート異能を使うのをやめた辺士名をも縛った。ああ、腹が減る……。
ついでに廃城の中にあった食糧を口に放り込むが、勝利の味すらしねえ……本当に、嫌な戦いだった……。
いじめの動機ってだいたいがこんなもんなんだよなあ!
拙作「A~Z」→ https://ncode.syosetu.com/n0875gf/




