コークとの戦い
コークは、セブンスの職場である酒場の前まで逃げて来た。
「店長さんが悲しむからな、もう逃げるんじゃねえぞ!」
「逃げたければ私たちを倒す事であります!」
コークはデカい鼻を鳴らしてずいぶんとマヌケな顔をしながら、それでもなお勝つ気満々と言った調子でいやがる。拳を振りかざすだけで風圧を感じそうだ。
「来ないのか?」
「ずいぶんと余裕ぶってやがる……人様に迷惑をかけて何をしたいんだお前!」
「それは無論、お前を倒してセブンスを手にするためだ」
「……そうか、セブンスと言うそこの娘を探していたのか……」
まるで会話が噛み合わねえ。一体何のつもりだよ、どこの誰が俺らの会話に割り込んで…………
「その様子からすると夜逃げでもする気だったらしいな……まったくどうしてもどうしても俺の事が嫌らしいなあ……」
「デーンさん!」
誰かと思ったらデーンかよ!何だよおい、赤井に向かって剣なんか構えやがって!赤井を殺す気か!
「どうだ?見ただろう?コークの力を?お前が俺らの元に来ないからこうなるんだぞ?」
「お前は何で急にそんな見下げ果てた野郎になり下がったんだよ……村をぶっ壊して何がしたいんだ!?」
「すべてお前のせいだ、お前が彼女を惑わすからだ、お前がミルミル村を壊したも同然なんだ」
ダメだこいつ、完全に目がイカれている。ひと月近く接して来た悪人になり切れないガキ大将の顔はどこにもねえ。取り巻きの連中もみんな逃げちまってるじゃねえか……。
「コークを使うのをなぜニツーは止めたんだろうな?こんなに効果てきめんなのに」
「何が効果てきめんだよ!おいてめえ!んなもんをどうやって!」
「コークとはコールド・オークの略であると思われるであります。冷たいのではなく呼び出されたと言う意味であります」
「その通り……どこのお偉いさんの家庭にもある簡単な召喚魔法だよ……」
「んな訳ねえだろ!」
「それがあるのであります……ただし取扱注意な魔法の代名詞なのですが!」
「こいつを見るだけで、デーンもカスロも最低な奴らだって事がわかる!ったく俺の知ってるコークは本当によくできたメイドなのに……!」
市村の奴が泣き声になってるじゃねえか……イケメンの泣き顔って、マジで絵になるよな……ああ本当に絵になる。
っつーかさっきはこの豚鼻の魔物が作る飯がうまいとかどんなギャグだよと思ったけど、どうやらまともな奴に召喚されれば人を襲ったりしない良い魔物になるらしい。でないとしてもこんだけ強きゃ戦力としては十分だな……十分だな……!
「もうセブンスを留める方法は他にない。他にないんだよ。この村が豊かなのは親父のおかげだってのに、まったくわかってない!村全部を壊されてもいいのかい?」
「おい赤井、俺は正直生まれて初めてこいつをぶちのめしたいって気持ちになったぞ!」
「その通りであります、親の力を振り回すのも大概にしなさいであります!」
「やれって言ったのは親父だぞ?これは本当だからな」
赤井の元からのふくれっ面が、さらにふくれた。迫力はないが、聖職者様っぽい怒りだけは上乗せされてた。アニメばっかり見て来たはずの目は、そこに出て来る悪役のステレオタイプって奴をしっかり覚え、それを憎む心も育てたのかもしれねえ。
もっともぬかに釘、豆腐にかすがい、カエルの子はカエルらしいけどな。
「ああお前は黙ってろ、俺らがこのコークをぶっ殺すから」
「やってみせよ」
「言われるまでもねえよ!」
コークが飛び込んで来た。
俺は突っ込む。俺の力って奴を信じて。
コークの拳が飛んで来る。でもやっぱり、俺はぼっちだった。
全ての攻撃が俺をぼっちにする。風圧さえも。
慣れちゃいけないけど、慣れなきゃいけない強風。その風がむしろ、俺が生きていると言う事、攻撃が当たっていないって事の証明になっていた。
「ユーイチさん!」
「セブンス……!」
セブンスは俺の勝利を祈り、デーンは歯嚙みしている。ああわかりやすい。
わかりやすいと言う事はありがたい事だ、そのありがたい状況に甘えて俺は剣を振りまくる。
「やるな」
「やってみろよ、当ててみろよ!」
「上田君、そのコーク声と口が合ってないであります!」
「だまれ!」
「来い、当ててみろ!」
「デーン……様のために!」
コークはスタミナが切れることなく、次々と拳を放つ。俺が足元をすくおうとすると飛び退き、その上でまた飛びかかって殴りに来る。拳一つで這い上がるボクサーのような奴だ、もし俺らの世界にいればそれで大成したかもしれねえ。
「でもどんな攻撃だろうとな!」
「……グッ!」
しかしそれでも、俺の剣はコークの頬をかすめた。
よし、ここからだ!この後をきっちり抑えれば勝てる!市村の技が見られなかったのはちょっと残念だなと思いながら、俺は改めて剣を振る。
だが、それでもコークは健気に向かって来る。「ご主人様」に与えられた任務を何が何でも果たさんとばかりに、これまでと同じレベルのスピードのフットワークとパンチを見せつける。そのたびに緑色の血が俺を避けながら土に吸い込まれて行く。
「お前の役目はこれじゃねえだろ……」
「うるさい、デーン様のため……カスロ様のため!……なれば!」
あまりにも馬鹿正直な戦いっぷりに俺が嫌悪感を覚えた途端、コークは赤井の方と言うかセブンスの方へと向きを変えた。
俺が五体満足でもセブンスさえさらえばいいってのかよ、確かにそれがデーンに取っちゃ一番大切な目的なのかもしれねえがよ!
「ざけんじゃねえよ!」
俺はコークが突進しようとしたのと同じ方向へと飛び込み、予想通り突っ込んで来たその魔物の胸に剣を突き刺してやった。