同士討ちの果てに
「どうしたんだよ!」
「どうもこうもねえ!」
ついに、同士討ちが始まった。黒目団の奴らの剣が俺に向かって飛び、俺を仲間外れにして違う方向へと飛んで行く。
(弱い者いじめもある種の芸術だよな)
袋叩きもいいが、そんな状況で攻撃が外れればそれこそ同士討ちでしかない。口ならともかく、実際に物理的にやれば絶対に流れ弾が生まれる。
ましてや連中の大半の得物は先ほど辺士名が叩き斬ったような肉厚の剣だった、槍やフェンシングをやるような細身の剣のような一点集中の武器じゃねえ。
「ああ!」
「何をやっ!」
「うわ上田えげつな……」
お互いがお互いの得物で傷つけ合い、胸や腕、いや頭に突き刺し合う。
当然血があふれ出し、草むらを赤く染める。赤レンガにもかかり、嫌な痕跡を残す。
米野崎が引くのも当然だ、今の俺はそうはっきり認識できる。
「米野崎に言われたくないんだけど」
「でも大川さ、私だってもう相当な存在を燃やしちゃったよ。でもそれはあくまでも向かって来る相手だったからさ、大川だってそうでしょ」
「せいぜいすりむいた結果ぐらいでしか血のない世界だったからね、アスリートとか気取った所で」
ボクシングだって、出血しながらの戦いだなんてめったにない。お行儀のいい皆様によるルールありきの戦い、ルールありきの殴り合い。
だがここにそんなルールはない。殺すか殺されるか、その二者択一だけ。
どんな形でも、相手を倒してしまえば勝ちの世界なのだ。
「まったく、これじゃあんたを倒せないじゃないの!」
「イミセ、もうあきらめろ!」
貴族様であり騎士様であったはずのイミセを、やはり貴族様であり騎士様であるトロベを含む四人の女子が取り囲んでいる。大川以外空腹のせいか動きは鈍いが、それでもこの数の差はかなりきつい。ましてやセブンスの一撃で負傷しているから、顔が歪んでいる。
(騎士ならば一騎打ちを申し込む事はできる。ルールに則った戦いができる。それが上流階級の特権って奴なんだろうな)
本来ならば、そうすべきはずだった。だってのに禁断の魔術まで使わせ、さらに不意打ちまで仕掛けて来たとあってはもう同情の余地などないと言う事なのだろう。
(俺たちに勝ったとして、黒目団と手を組んでたとなればそれこそ破滅じゃないか。口封じをしようにもまだ赤井と市村が残っているし、それにしてもなんだよあの執念は)
イミセの敵は俺ではなくトロベだからこそ、今も彼女は戦えているのかもしれない。トロベに対して激しく槍を突き出し、耳障りな音を立てながら打ち合っている。
オユキの氷の剣もたびたび打ち砕かれ、その度に新たなそれが作られては投げつけられる。鎧の一部が凍っているように一応効いてはいるのだろうが、それでも決定的な感じは全くしない。
セブンスも自前の剣を振るが、正直プロと素人の差を見せつけられまくっている。
「てめえこの野郎!」
そんな風に高みの見物を決め込んでいる俺に向けて、次々と刃が飛んで来る。
しかし当たらない。声しか聞こえない辺士名の一撃が、俺ではなく黒目団の命を刈り取って行く。何が頭目だかって話だが、それがまた辺士名の怒りを煽る。
「お前ら、この戦いはキミカ王国を取り戻すための聖戦だぞ!こんな雑魚たちに!」
「痛々しいよお前」
辺士名の言っている事はもうむちゃくちゃだ。聖戦?どっからどう見てもただの山賊じゃねえかよおい、聖戦ってのはもう少しカッコいいもんだろ?
庶民から略奪して私腹を肥やし、そんなお貴族様に誰が従うのかっつーのって、もう何べん言えばいいんだよ俺は。
俺の体はヘイト・マジックで赤く輝いているけど、たぶん目は真っ白だろう。
結局、こいつらはイミセの道具でしかねえ。しかもトロベをぶん殴るためって言うあまりにも低レベルな欲望の。志があったらあったで可哀想だし、なかったとしてもそれこそただのアホじゃないか。
「なあ、今なら間に合うからさ、あいつに責任押し付けて降伏してくれね?」
「なんでそうなるんだよ!」
「お前さ、あの宝珠をいくらで引き取ったんだよ、教えろよ」
「金貨三枚だよ、ああ呪法の使い方込みで金貨五枚」
金貨五枚、≒五十万円。一生をかけるにはあまりにも安すぎる報酬だ。
そりゃしょせんはこの世界だしとかってお話とも言えるけど、国家転覆のためにそんな安値で使われるだなんてどんだけ安い男だよこいつは。
「お前さ、なんでまた」
「お前のようなハーレム陰キャ野郎にはわからねえだろうな、どうしてお前や赤井のようなやつがモテて俺がモテないんだよ!」
で、何かと思えば「モテない」?
ぼっちの俺やオタクの赤井を指してモテてるとか、ああ赤井に関しては実際そうだったけど、普通に考えればサッカー部のレギュラーなんてモテて当たり前だろ。
ああ、こいつの場合自分でそんなイメージぶち壊してるけどな……。
一応授業態度そのものは真面目だがそれでも成績は上がってないし、サッカー部でもいつもイライラしてよく吠えている。
そんでサッカー部以外の部活を見下すし、先輩にも平気で突っかかるし、なんていうか全方面にケンカを売りまくっている。
三田川みたいな真似をして何とかなるのは、それこそ三田川レベルの能力がある奴だけの特権だ。当然ながら辺士名は三田川のように圧倒しきるほどの力はなく、女子たちからも不人気だった。
「俺はあんなにも努力しているのに、どうしてダメなんだよ!」
「努力の方向がおかしいんだろ」
それ以上俺に言える事はない。
俺が望むのは、早くこのくだらない戦いを止める事だけだ。
(ったく、そんなんだから惹かれ合ったのかもな……ただ迷惑なだけだが!)
辺士名もイミセも、まったく努力の方向を間違えている。似た者同士ゆえに惹かれ合っちまって、とか言うのは我ながら実にやな考えだ。
で、俺が倒れた奴から適当に拾った剣をなんとなく振り下ろすと、また血しぶきが飛び出した。
ヘイト・マジックにより寄って来た山賊が、また死んだ。それだけの事だ。
「てめえ……!」
辺士名の叫び声が響き、廃城をほんの少しだけ押す。
それに答える声は、もう辺士名の前にも後ろにもない。
「私が水晶玉取って来る……」
「了解」
敵の全滅を認めたオユキが廃城内へと向かって行く。
すぐさまバリーンと言う音がしたが、まあ距離は十分だし問題はないだろう。
「でもあんな氷の壁を破るだなんてお前も相当に執念深いな」
やはり薄かった氷の壁を一撃で叩き割りながら、イミセはなおも吠えている。
「うるさい!なんであんたらはトロベなんかの味方をするのよ!」
「旅の仲間ですから!」
「ったく幸せな庶民よね、どんな屈辱をこの女から与えられたかも知らないで!」
「イミセ……」
「今日こそあの恥辱を晴らしてあげるわ!」
「だから何されたんだよ」
「した方は忘れていてもされた方は忘れないって本当ね!」
いったい何をされればと言いたくなるような深い憎悪をむき出しにして人殺しの道具を振り回すイミセは、もう貴族様でも騎士様でもねえ。
一体何がしたいのか、その答えをこいつは全く喋っていない。セブンスさえも呆れ気味だ、ったく口にせずに思いが伝わるんなら俺だってぼっちになる訳がねえっつーのに。
「おいこっち見ろ!」
「そこか!」
そんなよそ見中に飛んで来た声に反応して拾った剣を振ると、みたび剣先が飛んだ。今度は高く舞い上がり、いつ着地するかわからないぐらいだ。
「お前何本剣を折れば気が済むんだよ」
「お前が悪うござんしたって言うまでだよ!」
「人の事言えた義理じゃねえけどな、この血だまりを見て何とも思わねえのか!」
同士討ちと米野崎たちの攻撃の果ての、真っ赤な海。
不覚にも見慣れてしまった今でさえも、正直重くのしかかる。
「もう勝負の帰趨は見えたんだよ!」
「ほざくんじゃねえ!」
俺は三本目の剣を投げ捨て、米野崎に向けて殴りかかる。
「ああっと!」
その間に金属の欠片は宙を舞って廃城の門へと向かい、オユキを少しひるませて地面に刺さった。
そのオユキの手には、大きな水晶玉が抱えられている。
「ちょっとウエダー!」
「すまなかった、水晶玉は!」
「ほらこれ」
俺らの世界では占いの道具でしかないはずのそれ。不思議な模様の付いた水晶玉。
「てめえ……!!あの水晶玉が何なのかわかってるのか!?」
「呪詛が込められた禁断の魔術入りの水晶玉だろ」
「ざけんなよ、王家に受け継がれた物を!」
王家に受け継がれた代物…………わざわざ言うかね、あのイーサ姫とかってお人が使ってたシロモノだって。




