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燃えるコボルド

「これはいったいどういう事なのか、説明をしていただけます?」

「何があったんですか?」


 翌朝。


 目を覚ましてすぐさま、寝間着のままのイミセがとがった声をぶつけて来た。

 嫌味タラタラよりいっそすがすがしいとばかりににこやかな顔で答えると、イミセはますます感情をむき出しにしながら向かって来た。

「無様だぞイミセ」

「私はですね、あくまでも代表であるはずのこのウエダ殿に」

 で、俺の首根っこをつかもうとして手を振り上げまくる姿と来たら、正直笑えて来る情けなさだ。オユキは笑い、セブンスはやめてくださいと言わんばかりにイミセの背中に回り込もうとしている。


「普通そんな風に腕を振りまくるような真似はせんぞ」

「トロベならわかるでしょう、あの女も仲間だと言うのならば」

「オオカワ殿が何かをしたのか」


 余裕のなくなった女が右手を振りながら、寝起きの男女を外へと連れ出す。やけに大股でしかも早歩きで、まったく淑女の面影がない。

 一方男っぽい喋り方にダジャレで笑いまくるようなトロベだが、早足になってもこっちは整然とした歩き方をしている。



 で、そんな風に格差を見せつけられたまま歩いたその先では、ひとつの輪っかができあがり、そしてその輪っかの上で一人の女が寝ていた。



「大川……」

「あまりにもお腹が空いたもんでつい……」

「うまかったのか?」


 チート異能を使って、庭の雑草を食べていたらしい。体を起こしながら親指と人差し指でこの世界式のVサインを出すその顔に、嘘偽りなんかありゃしないのは誰が見てもすぐわかる。


「まったく、そんなに量が足りないのならば初めからおっしゃっていただければよろしかったと言うのに!あるいは雑草の方が美味であったとでも!」

「それがその通りで」

「あああああ!」


 で、イミセはと言うと頭を掻きむしりながら右足を大きく振りかぶって大川を蹴りつけて来た。寝間着のままのせいか見えちゃいけねえもんがたぶんあらわになり。ますます淑女らしくなくなっている。


「二人には特別な力がある。そういう事だ」

「なぜ最初からおっしゃってくれなかったんです!」

「言ったとして信じるか?」

「言いもせずに信じられないと決め付けるのですか!」

「まったく、こんな調子で、いやこんな調子で!」


 そりゃチート異能ってのが説明のつきようのねえ代物であり、多くの人間を狂わせてる所はさんざん見て来た。

 そのたびに我ながら恐ろしいなとか何べんも思ったけど、爽快だったのはこれが初だ。


(そりゃこいつはザコキャラだよ、三田川と比べりゃ。とは言えさ、執念深さだけは同レベルかそれ以上だな……)


 ザコキャラでも大ボスでも、敵を倒せば気持ちいいのは同じだ。あるいはそういうのって浅ましいのかもしれないけど、それでも俺は気分がいい。













「で、なぜまた」

「私の家の料理がお気に召さないようですからね!」

「昨日よりはずっと素敵だぞ」


 ――――その結果、朝飯も食わないままにイミセは俺らを西へと引きずり出した。嫌なら勝手にやれ、王様には我が家の味を侮辱したと伝えておくだってよ。

 それで相変わらず淑女を捨てたような大股早歩きで、少しでも遅れたらすぐ置き去りにしてやると言わんばかりだ。

「ゴールに着いたらハイ終了じゃないんですけど」

「お静かになさってくださいます!」

 俺がぼっちだったのはたぶん無関係だろうが、陸上大会で最初から飛ばしてばてるやつは山といる。逃げ切りとか簡単に言うが、逃げるにしてもまずはリードを開け、その後余裕を得たらいったん休んでペースを落とし、終盤相手が追いつきそうになった所で一気に引き離すのが一番勝ちやすいって柴原コーチは言ってたし、なるほどその通りだとも納得している。


「とにかく、本来ならば家族総出で迎えに行くべき姫様のお墓に行くのですから、せいぜい背筋を引き締めなさい!」

「ずいぶんと人間的ですね」


 人間的じゃなかったんですかと言いたそうだが、実際その通りだからしょうがない。噓くさい笑顔を作り出して思いつく限りのイヤミを繰り出してどうにかして自分の優位を示そうと躍起になっていたその姿は、言うなれば機械的だ。トロベの言う通り、今の方がずっと人間的だ。



 あるいは出会った端からずーっといきり立っていたのかもしれない。

対象はもちろん大川などではなく、俺でもなく、トロベ。トロベと言う昔からなんらかの因縁があったらしい存在に対しての感情を必死にぶつけ、それにより何かを得ようとしているのかもしれない。


 同じ貴族として、たぶん同じ年齢として。あとで暇ができたら話を聞いてみたくもあり、みたくもなしだ。




 まあそんな風にすっかりいきり立ったお嬢様はまったくスローダウンする事ないままスタスタ歩きまくり、足を止めたのは二時間後だった。


「ここがイーサ姫様の墓です」


 その間に表情を作り直したお嬢様の指先には、ミルミル村でもサンタンセンでも見慣れた十字架が立っていた。ただしそのどちらにあったのよりも豪華であり、枯れ気味ながら花輪もいくつか飾られていた。


「この地において五十年前、イーサ姫様はガーメによって焼き殺されたのです。その灰がこの場所に残り、このイーサと言う花を咲かせたとも言われています」

「俺らの世界ではアザミって呼ばれてるな」


 アザミを俺が知ってるのは、河野から聞かされているからだ。昔どっかの国がアザミの花を踏んだせいで戦争に負けたとかで、その相手国ではアザミが国民の花になっているらしい。そういう話をしてくる河野は実に楽しそうだった。

 セブンスとオユキは花に感心し、大川は花を食う気なのかとイミセに遠ざけられていた。


「そんな話私は聞いていないぞ」

で、トロベはこの調子だ。イーサなんて花の名前なんかねえだろ、お前が捏造したんだろと言いたげに、適当に手を合わせながら頭を下げてすぐ足を北西に向け出した。


「トロベ!」

「この北西に黒目団の本拠地があるのだろう、ためらう事もない」

「国王様の親族の墓参りをためらう理由って何ですか!」

「黒目団を片してからでもまったく遅くないと言っているだけだ!」

「トロベ!あなたのその姿勢はナベマサ殿を含むあなたの家全ての姿勢と見なされますよ!」



「これ以上時間を無駄にしたくないんですけど」


 朝起きてすぐ駆り出されて、いい加減頭に血が上って来る。花も姫もどうでもいい、早く盗賊団をぶちのめしたくて仕方がなかった。


「何ですって!」

「何ですっても何も、山賊の所在地を!」

「もう自分で探しなさい!」


 で、それに対する返答が職務放棄宣言かよ……どこまでも救えねえ女だな。

しかもむちゃくちゃな涙目になって、心底から悔しそうにしやがって、こっちの方がよっぽど泣きてえっつーのに……







「魔物!」

「ああもうこのややこしい時に!」


 だから、口ではともかく内心はその魔物に感謝していた。少しでも別の事を考えられる材料になってくれよと思いながら、オユキの言葉に応えるように剣を抜いた。


コボルドだ。あるいはバッドコボルドかもしれない。数は、五匹、こちらと同じ。


「ああもう!私が力を見せてあげますから黙っていなさい!」



 ってあーあー、なんでわざわざ突っ込むかねこの貴族気取り女は!


いくらバッドコボルドがそれほど強くないとは言え、相手は五匹だ。チート異能もありゃしねえのにどうやって勝つ気だか……



「行くか」

「そうだな」


 それでもまあ一応助けてやるかと思いながら足を踏み出そうとすると、いきなりコボルドたちが燃え出した。


「は?」


 俺がマヌケにつぶやき、行き場を失ったイミセの手が武器を持ったまま震え出す中、コボルドたちは悲鳴を上げる暇もなく焼けた。あっという間に焼けた。




「これこそ、伝説の悪魔の炎……」

「はぁ?」

「姫様を焼いたあの炎を、こんな所で……」



 全身を震わせながら、必死に炎によって剣も残さず死んだバッドコボルドたちの先に目をやろうとしている。


 そんな炎が出せるだなんて、どんなやつなんだろうか。とにかく焼け跡の先にいる魔法の放ち手らしき奴に……




「久しぶりじゃない、大川、上田!」


「えっ!?」



 ローブをまといメガネをかけ、黒髪を細く切りそろえて前髪を揃えている黒髪の女子。



「米野崎!?」


 紛れもなく、米野崎克美だった。

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