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酔っ払い二人

 そんな訳で全く不愉快な道中を過ごした結果、日が暮れる頃にたどり着いたのは、トロベのそれより一回り小さな城郭だった。


「ここは私の家である館です、ここで一晩泊まり明日向かいましょう」

「はあ?」

「何を急いているのです」

「違うよ、親や兄のもんであってあんたのもんじゃないだろ」

「それは言葉のあやだと言う物だと思いますが」

「っつーか勝手にお邪魔していいのかよ」

「構いません、私の家ですから」



 あそこまではっきりと言ってやったのに、びた一文動じてねえ。


「とっとと料理を持って来て下さいます?客人が五名おりますので六人前」

「しばらくお待ちくださいお嬢様」

「……」


 で、門をくぐるやすぐこれ。あごを派手にしゃくって、出迎えのメイドを文字通りの小間使い扱い。って言うかいきなり六人前の飯を出せだなんて、それこそここは食堂じゃねえんだぞ。


「トロベならそんな事しないけどねー」

「私とて父上や兄上、そなたらの目があればこそだ。どうあがいても私はお嬢様なのだからな」

「私は六人前の料理を作るなんてやった事ないですけど、それこそ相当な時間が要ると思います、あと人手も」


 大川は無言でそっぽを向き、あとの三人が揃いも揃ってこんな調子なのにイミセは何言ってんだこいつら状態。


「あのさ、六人前の飯を作るのにどんだけ時間がかかると思ってんだ、しかも不意の飛び込みで。あんたは俺らの世界から来たのか」

「皆さん方の世界とは、と言うかそんな物があるだなんて驚きですわね」

「そんな世界があるだなんて想像もつかないでしょうね、この国から出た事のないお姫様には」



 俺の人生で、陸上以外でこんなに意固地になったのは初めてかもしれない。陸上でさえもこんなに突っかかって来る奴はいないし、三田川だって勝手に勝ち誇って勝手にいなくなって行く。他の連中はみんなつまんなそうにしながらどこかへ消えて行く、それが日常だった。



「お姫様と言う概念はお嫌いですか」

「好き嫌いじゃなく、他人の事情を考えられない奴は嫌いだって言ってるだけだ」

「幾千日の時を無為に過ごそうとも、故人を謗るに勝る」


 俺がいい加減口を閉じると、両手の親指と人差し指を立てた。


 ほんと、これがもし黒目団への憎悪をあおるための戦術だとしたらとんだ策略家だね、マネしたくないけど。




 で、とりあえず、一時間ほど待ったうえで出された飯を口に運んでみたけど、やっぱり味がしない。


「何かご不満でも」

「やたら急かす人がいるせいでね」

「とりあえずそれは」

「食事代ですよ」


 俺が二十枚の銀貨をテーブルに置くと、目の前の屋敷の主人気取りの女は首を横に振って丁重に押し戻して来た。本来の主人であるはずの父と兄(トロベの家と同じじゃねえかよ)が不在だからって、何を威張ってるんだろうか。義姉上様ならいそうなもんだが、その彼女も出て来ない。


 俺がさらに一枚の金貨を宿泊費ですけどと言わんばかりに握りしめていると、目の前の女は噓くささの極みのような声でため息を吐いた。


「信じて下さらないんですね」

「トロベに八つ当たりする理由を話してくれれば」

「これはまた……」


 まったく、飯がマズいせいで気持ちは悪くなるばかりだ。おそらくは数年にわたり続いて来ただろう単純作業の繰り返しによって熟練度が高まり、こうして小手先には屈しないだけの手練手管を身に着けたのだろう。武術やら魔術やらに回せばいいのに。


「私は追悼派であり、トロベの家は穏健派です。政治的対立です」

「わざわざ溝を作るのに一体何の意味があるんだか」

「領土は欲しいのです、正直」


 で、ようやく認めたかと思ったらこの調子。領土争いで口喧嘩だなんて、第三者様の印象を悪くするだけだろうが。もし俺がイミセの親だったら、この女を放り出すね。


「領土って言いますと」

「何とも奇妙なことに、あの事件によって没落した家の大半が西側に領国を持っていたのです」

「それで今その西側は」

「南西部は比較的まともですが、深刻なのは北西部で、コボルド狩りのための資源もカイコズの宿に奪われ廃村も少なくありません」

「国家はその惨状を何とも思わなかったのか」

「その時の人員をかき集めたのがあのハチムラ商会です。商人ってのは目端が効きますからね」


 商人ってのはそんなもんなんだろう。いくらガーメがいなくなった所で急に大地が潤う訳でもなければ、人心が落ち着く訳でもない。生まれてしまった大量の貧民・流民を請け負うのだって限度がある。そこに現れた商人様はそれこそ、国家的にも救世主だったって寸法だ。


「ですが制限はあり、ましてや領国を壊したような一家は容赦なく取り潰され、そのかつての居城だけが残っているのです」

「そこにって言うんですかぁ?」

「そうなります」

「わかりました、では続きはもう明日でいいですよね~」



 こんな政治話、と言うか一方的な講釈を聞きに来たんじゃねえんだよととか思っていると、セブンスの声がいきなり上ずり出した。


「こんな場所でワインなど飲むな」

「これから寝ると言うのに寝酒の一杯もなしで?」

「そうですかぁ?トロベさんは全然飲まないですからぁ!」

「本当に失礼いたします!」


 飲みもしないのにこれだなんて、本当にセブンスのこの癖も困ったもんだね。

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