オーク現る
ものすごい声に釣られて得物を握りながら、俺たちは村の出入り口から大広間へと向きを変えた。
「俺は、俺はこの村の守り人だ!」
逃げ出すつもりはあったが、捨てるつもりはない。ましてや、敵を前に見逃す事などできない。俺は守り人だから。
野生の獣とも戦ってきた。魔物とも戦ってきた。人殺しとまでは行かないにせよ、魔物の殺し方も知ってしまった。
(俺はこの村に喰わせてもらった。今度はこの村を食わず番だ)
ヒーロー気取りでもないが、セブンスだってそうするに決まっている以上逃げる理由もないとばかりに俺は走った。
「ああユーイチ、大変だ、魔物がいきなり現れて村を荒らしてるんだ!」
「とんでもない力の持ち主でな、若い娘を襲ってはすぐに投げ飛ばしてるんだよ!」
「何人だ」
「ひとりだよ!」
村人たちが救いを求めている。たった一人の魔物が村を荒らし、女たちを狙っているとと言う。ずいぶんとスケベな魔物らしい。
ちなみに俺は童貞だが、この村には俺より下で童貞じゃなくなった奴が十人ほどいた。まあそういう世界なんだって事はもうとっくにわかっていたけどな。
とにかくそのスケベな魔物をやってやろうとばかりに飛び出した俺の目の前に、猪だか豚だかよくわからねえ二足歩行する奴がいた。なぜかふんどし一丁で、素手であっちこっちを殴り付けながら走り回っている。
体型そのものは腹が出ているし豚っぽいが、毛色は猪のそれっぽい。
まあいずれにせよ、あれがオークって魔物だって事ぐらいはわかる。
「さあかかって来い!」
そんな事を叫びながら突っ込んだアホな俺に構ってられるかいとばかりにオークは別の若い女、確か牧場の次女の子に向けて走り出し、顔を見ると突き飛ばした。
なんじゃこりゃ、スケベって言うより人探しだな。
まあとにかく村を荒らしまくるんならば容赦する理由なんぞねえなとばかりに剣を振る。
そこでようやく俺の存在を認めたオークは拳を振りかざす。速い。俺のぼっち異能をどこまで信じていいかわからねえけど、一発でも当たったら骨が砕ける事ぐらいはわかる。
もちろん俺の剣は当たらない。ものすごい身のこなしだ、ゴブリンのような草食動物ならぬ草食魔物とは違う。
(こいつ疲れるのか?)
いつもならこのまま長引かせてそれで勝って来たが、こいつがいつ疲れるのかわからない。そんな相手にどう勝つかの方針など俺は持っていない。
「誰か、俺が引き付けてる間にこいつを後ろからぶん殴ってくれ!」
「ダメだよ、さっき柱で殴ったけど全く平然としてて」
「ああもう!」
村人頼りなのはカッコ悪いが、そんな事言ってる場合じゃねえ。とにかく何でもいいからこいつを止めないとシャレにならねえぞ!
「これは面白い」
「面白くねえよ!」
「面白くないとは、そりゃまあ面白くないだろうけどな!」
「抜け駆けはひどいであります!」
まったく、せっかく目の前の敵に集中してえのに割り込んできやがって、どこの誰だよ……!
「ユーイチさん……!」
「魔物が村を荒らしているとあらば止めねばならないのがパラディンであり、」
「聖職者なのであります!」
セブンスたち三人だった。
「ああ、ったくもう!これだから俺はぼっちなんだろうな!」
「しょうがない、あんな事になれば普通そうする。俺だってそうする」
「とにかくごちゃごちゃ言わず行くしかないのであります!ああ私とて多少は」
「赤井はセブンスを守れ!」
赤井はさっき市村が使ってた刃先の潰れた剣を握り、市村は本物の剣を取り出して構えた。うわあすげえ輝きだこと……とか言ってる場合じゃねえな。
「ハハハハハ……!」
「おい誰だ今笑ったやつ!」
「誰も笑ってませんけど……!」
「これはいい……ここまでの強者……」
ってなんだ今の笑い声は、ああ面倒くせえ!
って言うかうるせえなとばかりにオークに二人して斬り込むが、オークは大口を開けながら数メートルは後方に飛び退きやがった。そんでその口からずいぶんと余裕たっぷりな声が飛び出して来る。しかも何なんだ、ずいぶんと決まってるじゃねえか!
「おいおい、あんな理性的な事が言えるようには見えなかったぞ!」
「見えないだけなのかもしれません、相当強いのは間違いないみたいですけど」
「しかしコークとはあそこまで凶暴な物でありますか?」
「コーク?オークじゃねえのか?」
「コークであります。そう言えば以前コークを従者としている王族の警護をした事もありましたな」
「その人はよっぽどの強者なんだろうな……」
「ああ、そのコークの作ってくれた食事は最高だったであります!」
「おい赤井ジョークは後にしとけ、お前はセブンスさんを守れ!」
「ハハハハ……」
「行くぜ!コークめ!」
何でいきなりコーラの事言ってんだよと思ったけど、赤井の語調は真剣だし市村も真顔だ。俺より世間の広い奴の言葉だしな、たぶん接して来たんだろうな。
にしても魔物を警護に従えるだなんて本当ファンタジーだよなって言うかこんな凶暴で強力な魔物を使役するだなんて本当会ってみたいぜ。
とにかくこの村は俺が守る、これがミルミル村の守り人上田裕一最後の任務だ!!