ラン王子様
「こちらが王子様のお部屋だ」
「王子様」のお部屋は、正直貧相だった。
大した装飾品もなければ、従者がいる訳でもない。目立つのは、本棚ぐらいのもんだった。
「あの、正門からかなりありますけど……」
って言うか場所までひどいじゃないか、正門から延々十何分も歩かなきゃいけないだなんて、それこそほとんど城の外れと言っても差し支えないほどであり、あらゆる意味で第六子に過ぎないはずのトロベ以下の待遇だ。
「ラン王子様は書物を大変好むお方でな、その希望に応えて下さったのだ」
とは言えもうちょい他にあるだろうとか思わずにいられないと天を仰ごうとすると、部屋の中に入ったトロベが深々と頭を下げていた。おそらくは「王子様」に向けて、深く礼を尽くそうとしているんだろう。
「構わぬとの事だ」
そして許可を受けた俺達が部屋の中に入ると、本当にその言葉通り本棚と机と椅子ぐらいしかない部屋だった。
「皆さんはトロベ、いやナベマサの客人ですか」
「そうです……」
「僕はラン、この国の第四王子です」
とても小柄な白いマントを羽織った男の子の肉体の頭には、メガネのかかった頭が乗っかっている。
「それで皆さんはガーメについて調べているのですね」
「私たちの仲間の一人が彼に関係していると」
「わかりました。では早速……」
肉体を必死に動かし、本棚から一冊の本を取って机に置いた。
だが、何だこれは。
どう見ても豪華な日記や歴史書じゃなく、安物の粗悪品だ。
「もしもし」
「わかっています、こんな紙なんかでどうするのかと」
「一般的な歴史書はもうほとんど覚えられました。ですがそのいずれもガーメは絶対悪であり姫様はそれに殺された被害者である――――その事について激しく教育された事はよく覚えております」
「こんな紙に字を書くのは庶民だけですからね」
あの日記に、こんな雑な紙。それこそ市井の人間が書いたような代物。
それこそ、国家の目をかいくぐってきたと思われるようなもん。お高い政治家や貴族様とは違い、どうやらこの王子様は本気らしい。
「おそらくは五十年前、姫様がガーメにその、面会をしようとしたと」
「それで……」
「そこに向かったガーメの姿はひどく疲弊していたとのことです」
これは何か、ガーメがそのお姫様をじゃなくて、お姫様がガーメを求めたのか?
「これについてはもう一説ありまして」
実に雑なメモがもう一枚出て来た。
雑なくせに、かなり背筋が寒くなる事が書いてある――――このギャップは一体何なんだろうか。
イーサは禁断の魔術を習得してしまった――――――――――――
「イーサってのは」
「その姫様の事です。まあ僕から見れば曾祖父の妹ですが」
ラン王子様は冷たい顔をしながらつぶやいた。
曾祖父の妹。
確かに間違っちゃいないけど、正直よそよそしい上に堅苦しい言い方だ。
トロベさえも唇を強く噛み、目の前のVIPの発言を待っている。
「しかし禁断の魔術を行使したのはガーメであるとうかがっております」
「表面的な事を言わなくてもいいですよ、キミも内心では疑問に思ってるんでしょうトロベ」
「それは、あくまでも……」
「世の中の見方は一つではない、そうですよね?あの神権戦争の事を習っていない訳でもないですから」
言葉を濁すトロベに対し、ラン王子様は神権戦争という耳慣れない言葉について解説して下さった。
まあ平たく言えば聖書の解釈をもって何百年前にこのキミカ王国と現在のトードー国の間で戦争が起き、それにより両国が分裂の上かつての領国であったエスタやらシギョナツやらサンタンセンやらが独立状態になり、それで現在のような状況になったと言うお話だ。
「ふむふむ、それで……」
「その時に開発されたのが禁断の魔術であり、異端であった現トードー国の上層部だった。異端に対する処罰の激しさはよくわかってるでしょ」
「いかにも」
「その激しい弾圧が大戦の敗北につながった、それ以来弾圧に熱心であった教団の権力はまったくなくなり、さらに当然ですが禁断の魔術も封印されたのです」
「————つまり禁断の魔術はかつて教団が作ったと」
異教徒、いや異端に対する弾圧の激しさは、世界史の授業を取るまでもなく知っている。自分が正しいと思えばこそ、いくらでも遠慮なく残酷な事もできる。神様と言う絶対的な存在が味方なればこそ、自分こそ正しいと思いこめる。
「禁断の魔術とは」
「国をも揺るがす魔法、と言う事までしかわかりません。しかしそれにより国家をも脅かせると言われている事だけはわかりました」
「その禁断の魔術が封じられた宝玉が存在すると言う話をうかがっておりますでありますが」
「現在は魔王こそおりますがおおむね平和です、ゆえに魔王のような勢力が現れた際に行使せよと言う事で残されている、と思いたいものです」
と思いたいって言葉は、正直実に苦しい。
王子様やお姫様ってのは、国の代表だ。国の代表として、笑いごとにもならないような黒歴史を背負って生きて行かなきゃいけないだなんてどんな罰ゲームなんだろう。
「しかしなぜお姫様ではなくガーメが」
「ご存知の通り、ガーメは民間上がりです。神権戦争により僧侶の力のなくなったこの国では武力を持った貴族の勢力が強くなり、自然と権力も得るようになりました」
「ガーメとお姫様のどっちを取るかって話か……」
そして国の代表には、代わりなんかいない。もちろん親類縁者と言う意味での代わりはいるとしても、何百人単位で存在する冒険者よりははるかに希少品である。
実際この前の山賊討伐戦でも、冒険者の皆さんは五十人近くいた。それだけいれば三流も多いが一流もいるだろうし、それこそとっかえひっかえって事も残酷だけど可能なはずでもある。
「とは言え、まるっきり冤罪だと言う可能性を捨てるのはもう無理です」
「しかし、それこそ王家の恥と言う物では」
「恥がない国などどこにあるのですか。恥は始まりとも申しますよ」
「ああ、その、いえ…………ククククク……」
「いずれにせよ僕が現時点でわかるのはここまでです。禁断の魔術がいかなる代物であったのか、それを研究した上で解析せねばなりません」
その上でこの王子様は本当に立派だ。決して過去から逃げず、それでいて現在と向き合っている。王子様の責任ってのはこんなもんなんだろうか、とりあえず立派である事は間違いない。
そして最後にダジャレをかましてトロベをほぐす事も忘れないんだから、本当に頭がいいんだってよくわかる。
「昔からなんですか」
「ええそうですよ。父上や兄上もよく言ってましたよ、もちろんナベマサも」
「それはおやめください!」
トロベは必死に手を振るけど、さっき肩を震わせながら笑っている以上どうにも否定のしようなどない。
「最後に一つうかがいたいんですが、そのガーメはまだ生きているのでありましょうか」
「わかりませんが、ガーメと言う存在が一種のいけにえになっていると僕は思っています」
「いけにえと言いますと、不満のはけ口としての」
「ええ。戦争とは結局経済や政治の不満から起こります。どちらかがうまく行っていればする必要のない行いです」
平和主義とか反戦主義とか言うが、結局は戦わない方が効率がいいからって話に過ぎない。俺はこんないばりくさった事を、この冒険で覚えてしまった。
戦うやつはみんな、自分の利益のために戦っている。それが一番いいと思うから戦っている。それだけの事だ。
「禁断の魔術はそのために作られたのですね」
「禁断の魔術はとにかく禁断でなければなりません。決して使われてはならないのです」
「とは言え宝玉がどこにあるのかわからない以上あまり楽観的な情勢でもないと思いますけど」
「この城にあるのかないのかさえも僕にはわかりません。確かなのは、イーサ姫が死んだ際に宝玉が焼け残らなかったことまでです」
宝玉が、と言うか石が簡単に焼けて溶けるんだろうか。焼け石に水とか言うが、石さえも溶けるような炎だなんて、一体何℃なんだろうか。
「その宝玉が何物かに持ち去られたのか、さもなくば……」
「とにかく、今はあなたがたが頼りです。どうか頼みます。それでは僕にはもう一人お客様がおりますので」
王子様が俺達に頭を下げて来る。本当にまじめと言うか何というか、相当この問題を重く見てるんだろうな……。
「あらまあ皆さん!」
だってのに何ヘラヘラしてるんだろうな、このイミセって女は!




