ただしソースは
「十月十三日
姫様は学問に励んでおられる。大変熱心で素晴らしい事だと、王様も王子様も感心していらっしゃる。
ああそれから最近私の同僚であった彼女の顔が明るくなった。彼女の家は公爵家であるが近年は分割相続続きで本家まで細分化し、下手すれば爵位を事実上売ってまで財政を補強しようとまでなっていたらしい。まあ、暗いよりましであるから、気にしない事にしよう」
「十月三十日
姫様が嫁ぐ日が四月一日と決まった。出立は三月一日だ。
姫様は案の定と言うべきかごねておられた。嫁ぎたくない訳ではなく、どうしてもガーメ殿を連れて行くと言って聞かぬのだ。
ガーメ殿は今や実力によってこの国の宮廷魔術師になろうとしておられる。強引に引っ張り込まれたのにも関わらず淡々と修行に励み、その成果はかなり上がっておられる。
しかし、なぜまたガーメ殿の茶にあのような物を。市井上がりの人間を憎む気持ちはわかるが、とりあえず聖書の三二六頁の一節でもそらんじてもらいたい」
日記が読まれて行く。
「貴族とは、先祖の誰かが功績を上げただけの庶民である。王とは、先祖の誰かが莫大な功績を上げただけの庶民である。そう記されているであります」
「なるほど、全くその通りだな」
格差社会うんぬん言われて久しいけど、例えば八村のような社長令息様が社長令息でいられるのはまったく八村の祖父(曾祖父だったっけ)が成功したからに過ぎない。
で、さらに三二七頁には「貴族も王も、英雄の血が薄まるように功績は薄まる。貴族足らんとするなら、貴族と呼ばれるべく振る舞うべし」ともある。
「しかしとりあえず、その姫様は王族たる行動を取っていたとは言えぬようでありますな」
「だな、これを鵜呑みにすればだが」
「そうですね」
「これはあくまでも一方的な視点に過ぎない。世間的にはガーメが姫様を誘惑し、駆け落ちを企んで失敗して殺した事になっている。なればこそその姫様、イーサ姫様の墓もできている」
抜群の才能を鼻にかけ、王家に見初められて王宮に入り、自分の地位を妬む者を次々と密かに放逐し、最後に諫めようとしたイーサ姫を焼き殺した――――それがガーメの罪状であり、おそらくは米野崎もその罪状の記された依頼を見て動いたのだろう事はわかる。
「追悼派は我々の事を簒奪派だの反逆派だの呼んでいるがな、個人的には穏健派と呼んでもらいたい」
「穏健派?」
「追悼派はリョータイ市に対しもっと強権的な徴税を行おうとの考えを持っていてな、かつて幾百年前に領国としていたサンタンセン、シギョナツ、エスタ、いやクチカケまで治めようとしている」
「すみません、意味が分かりません」
「追悼派は、と言うか一部貴族はリョータイ市民や冒険者が王宮に入るのをよく思っていないのだよ」
トロベの邸宅は、セブンスの家の数十倍の大きさがある。
現在こそトロベの下の双子しかいないようだが最高で八人の子どもと三人の妻、それからたくさんの使用人がいるのは容易に想像がつく。これでも下手すると狭いぐらいであり、こんな家に住めているのはまったく貴族様だからとしか言いようがない。
だが例えばモルマさんのような王宮に見いだされた人間は、俺らと同じように市井の宿屋に寝泊まりしている。私有地なんてまったくない。
しょせん土地は有限であり、どこかの誰かに与えればその分だけ削られてしまう。王族の私有地だって限度があり、それこそ既得権益が脅かされると言う事にもなる。
「それで」
「リョータイ市と言うこの地域で一番の大都市を完全に支配下に治め、領国を拡大し、果てはこのヒトカズ大陸を手中に収めようとしている。
まあソースは私の妻のみだが」
最後にとぼけたナベマサさんだったが、それでもなんとなくはわかった気がした。
「兄上ちょっと」
「何、お前は王宮から離れているからわからぬのかもしれぬがな」
「いえ、それならそれこそ姫様が亡くなった頃からもっと対立はあってしかるべきだったはずです。私の見た所さような追悼派が増えたのはここ数年です」
「禁断の魔術の存在についてはお前も知ってるだろう?」
「ええ」
「それがな、まだ生きている可能性があるのだよ」




