旅立ちの直前に
「ごちそうさまでした」
「本当にいいんですか、こんなにもらって」
「もちろんであります。それと市村君」
「ああ、乗せますよある程度ならば」
セブンスは満足そうに食器を拭いていた。俺がいよいよ梱包の最終段階に入っている横で、必要最小限まで荷物を絞り込んでいた。
「でもさ、馬術なんてどうやって覚えたんだ?それもアビリティか?」
「まあそうなるな、それが気が付いたら乗れるようになっていた」
「気が付いたら、なのであります!気が付いたら私も魔法を使えるようになっていたのであります!もちろんいわゆる白魔法のみなのでありますが!」
「黒魔法だの白魔法だなって概念は俺にはよくわからんが、まあ攻撃するのが黒魔法で守るのが白魔法でいいんだよな」
「だいたいそういう事であります……しかし蘇生魔法などないのであります、悲しい事でありますが……ああ本当に死の身近な世界でありますなあ、市村君……」
この世界に「魔法」って概念がある事を知ったのは初めてじゃない。この村にも教会があり、僧侶もいるし、そして魔法で病気を癒していた。二年前にセブンスの両親を殺した流行り病の時にも相当僧侶が尽力してたらしいけど、それでも本人を含めたくさんの犠牲を出しちまった。今この村の教会にいるのはその後来た新米だそうだ。
その魔法による治療や悩みの相談以外に、俺らの世界のそれと同じように葬儀もやる。実際赤井も二人ほど死体を供養したらしい。
「大丈夫です、もう納得してますから」
「セブンスは強いんだな、俺達は人を斬る事などとてもできなかった」
「牛や豚でさえ大変であります、畜産農家ではありませぬゆえ……」
俺らの世界ってのはそんなもんだって聞かされてるはずのセブンスだったけど、それでも俺らのこういう会話を聞く時の顔は未だに見慣れない。
まるで別世界の、まあ実際別の世界の言葉を聞くようになぜか俺の学ランを畳んで袋の中にしまい、もうパンパンになっていた袋のひもを縛った。
「おいもう入らないぞ」
「私も着てみたいんです、女性用のがあるのでしょう」
「そりゃまあそうでありますが……」
「私も行きたいのです!」
「俺らの世界に行けるかどうかはわからんぞ」
「それははいと言う事でいいんですか」
学ランとかセーラー服がどれだけおしゃれなもんなのか、考えた事はない。好きでも嫌いでもない、そんなもんでも誰かにとっては憧れであり、誰かにとっては嫌いにもなる。ブレザー制服の奴から見て学ランはどう見えるのか、もし俺がぼっちでなければそんな話をしたかもしれない。
学ランを身にまとったセブンスはまるっきり背がデカくなっただけの小学生であり、クラスで一番小柄な平林より小さそうだった。それでも俺らウドの大木なら斬り倒せそうなほどに覚悟を決めているような女性を、俺らが留める事などできるはずもない。
「ですがそうなると黙って脱走することになるやもしれないでありますが」
「おいおい」
「さっき赤井が言っただろ、もたついているとあの村長の息子がまた何かしでかすって。幸い方角はわかってるんだから今すぐにでも、いや遅くとも今夜には出ないと」
「わかってます、酒場のおばさんもお父さんもお母さんも、きっとわかってくれますから」
「セブンスがそうなら俺はもうためらう事はない。二人とも頼むぜ、悪いけど」
セブンスは俺に保存食を渡し、自分はそれ以外の生活必需品を背負った。まだ昼飯を食ったばかりだ、時計なんかないが午後一時ぐらいのはずであり、実際まだ外は明るい。
(今からでも見つかるかもしれねえけどな、そん時はそん時だ。俺は俺のため、女のために動いたって別にいいだろ?)
みんなはひとりのために、ひとりはみんなのためにとか言う高尚な校則めいた気取りでもないが、俺は俺を慕ってくれる女と、仲間たちのために事を起こす。それの一体何が悪いのか俺はわからねえ。
「こんな下手くそな剣でも、俺には二人のような、まあ二人とはちと違うけど異能がある。それで何とかしてやるまでよ」
「神のお導きをお二人に、であります!」
「まあ、俺だって仲間だしな。セブンスさん、参りますよ!」
「はい!」
決意を固めてドアを開けた俺ら、どうせ見つかったら全速力で逃げるまでだ。俺らの世界の馬と似たその生き物は三人ぐらいまでならば乗せられる。
(いざとなったら俺のチート異能で……)
万一の時は悲しくも強いこの力を見せてやるまで。
そんな風に思い駆け出そうとした途端、地面が揺れた。
「なんだよおい!?」
凄まじい叫び声が、村中に響き渡った。
叫び声に追従するかのように悲鳴が響き渡る。
ミルミル村が危ない!
俺は、三人を置き去りにして悲鳴の方へ走った。




