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余裕とぶり返し

「ずいぶんと礼儀正しいな」

「いえいえ、俺たちはまったく庶民ですから」


 本当のお貴族様の明らかなお呼び出しに、当事者であるトロベを含め俺たちみんな背筋を伸ばさざるを得なくなっちまった。


「まったく不出来な内に帰って来てしまい。申し訳もございません……」

「その調子だと、ウエダ殿の方が上だ(ウエダ)って認めているんだな」


 恐縮しまくりのトロベに対して親父ギャグをかますトロベのお父さんに、奥さんは「あなた」とかツッコむ様子もない。

 実際、トロベはこの一撃で体を震えさせている。唇を固く噛み、肩を揺るがすその姿は面白いと言うよりつらく悲しい。


「弱点を弱点と思い必死に補おうとするも良い。だがお前はそういう方向にのめり込み過ぎている」

「父上」

「私に言える事は多くありませんが、一つの事に集中しすぎては大事なものを見失いますよ。まあ今のあなたはかなりお仲間がいるようですからいいですけど」



 トロベのお父さんには三人の奥さんがいるらしい。

 一人目がいわゆる正室で、今俺らと一緒に座っているお上品そうなマダムだ。

 彼女は後継者であるナベマサって男の子と、あのイツミと、トロベのすぐ上の姉、さらに双子で末っ子になる男女を産んでいる。

 ここにいない二人目は長女である女の子を産み、今はその家にいるらしい。またイツミのすぐ下に男の子もいたが、その子はすぐ亡くなってしまった事を俺は既に知っている。


「トロベ、ずいぶんと元気なようで何よりです」

「母上、未熟なこの身をさらす事になり」

「またそれですか?」


 そして、ゆっくりと応接室に入って来た三人目の奥さんこそ、トロベの母親だった。


 正室の人と比べると地味な色のドレス、と言うかエプロンドレスを身にまとい、モップでも持たせればそれこそメイドにしか見えてこない感じだ。まあさすがに年齢が年齢(若くても三十代半ばだろう)なのでメイド長と言うべきかもしれないが、それでもあまり貴族の奥様っぽくはない。


「ナベマサ兄上はもはや二児の父であり、上の姉上も既に子を持ち妻の務めを果たしており、兄上を早くして亡くした母上様の心を安んじています。その上すぐ上の姉上も宮廷女官として我が家の名を刻んでいるのでしょう。それなのに私は」

「トロベ、あなたは何を競っていると言うのですか。あなたはあなたに過ぎないのですから。ねえ奥様」

「その通りよ、騎士の道を志した以上、決して私利私欲私情にとらわれ焦燥に駆られてはなりませぬ」

「騎士の道、それだけで説明のつかぬ話など冒険者となってより幾度も見てまいりました」


 トロベの実母さんが持って来てくれた水の入ったコップ、ガラスではなく銅製の重たそうなコップを手に取る。


「氷魔法を使える人がいるんですか」

「おります。氷魔法は生活魔法としても良いのです、氷は溶ければ水になりますので」

「えへへへへ」


 オユキは得意げに笑う。確かにサンタンセンではかなりその方向で活躍していたからな、その上で人間の権力者にも認められたことが嬉しいのだろう。



「噂によればそこの四人は遠い世界から、そこのセブンスと言うお嬢さんはペルエ市」

「その側のミルミル村です」

「そうかミルミル村か、そしてクチカケ村に住んでいたという」

「オユキです!」

「うむ、そなたらナベマサにも会わせよう。きっと彼のためにもなる。それまで退屈かもしれぬがお待ちいただきたい」


 心底から見知らぬお客様を楽しみ、同時に尊敬もしている。得物こそ手元にないとは言えひとかどの冒険者のはずの俺たちをまったく恐れる事なく、しっかりと振る舞っている。


「あれこそ貴族だよな」

「ええ、娘さんにもしっかりと受け継がれているようであります」

「あなたの娘は貴族の名前を汚していないようね」

「ありがとうございます」

「ただ、あなたに似ちゃった所はあるけど」


 正室のご婦人がトロベのお母さんに向けて余裕の笑みを浮かべる。格の違いを見せながらも決して嫌味にならずとげとげしくもならないその物言いと来たら、本当に貴族だ。

 一方でトロベの母は、どこか庶民的だ。庶民のたくましさを見せているが、同時に肩ひじを張っているようにも見える。


「今は良き友と呼べる存在と出会いました。ですが同時に非道な存在とも出会ったのです」

「どのようなです」

「ミタガワエリカなる女です」


 トロベはコップを握りしめたまま口を固く結んだ。



「その女はサンタンセンの町にて、ギルドとなっていた歴史を持った建物を無為に破壊しました。しかも本来ならば山賊退治のために駆り出されるはずの」

「あらまあ」

「しかも彼女はこのウエダ殿らと同じ世界から来たのですが、少しでも気に入らぬ事があれば仲間たちを次から次へといたぶり、しかもその事を上位権力者から責められても一向に改めようとせなんだのです」

「それはそれは……」

「とりわけ一人の女子については心根を歪めるほどに執着していたぶり続け、しかもまったく真顔でお前は怠惰だから矯正してやっていると言いふらし、親から言われても決して曲げようとせぬのです!」


 トロベの左手の拳がテーブルに振り下ろされる。丈夫なはずのテーブルが揺れ、わずかに中の嵩が増したようにも見えた。


「かように邪悪な女、いや人間の皮を被った魔王の手先!ただ一人の少女を死ぬまで竿並続ける事に執着する物体!」

「………………」

「私は、その化物に対し何もできませんでした。このウエダ殿とセブンス殿の力によりかろうじて凌いだものの!」


 トロベの持つコップの水が揺れている。


 誰よりも静かに、かつ深く憤っている。

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