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ヒラバヤシリンコ

「ほらこの前来ただろ、あのリンコって子」



 リンコ。


 リンク?いや、凛子?いやいや、倫子!




「その少女は!」

「北のハイコボルド山からやって来てさ、たくさんの武器を抱えてな」

「ハイコボルドってやっぱり初心者向けの」

「まあ最近じゃ山賊たちのせいでそうじゃなくなってたけどな。でもとにかく、その子がこのギルドにやって来たのはざっとひと月前だったよな」


 ゴロックさんはコーヒーをあおりながら、冒険者の皆さんに向けて手と話を振った。

「なんだあんたらリンコの仲間なのか」

「あの子のお友だちなら安心だな」

 みんなして「倫子」を知っているはずの俺たちに歩み寄りながら、自分たちの知っている「リンコ」について話して来る。


「荷物運びで困ってる時に私がやりますってさ、一個でいいのに今の私は強くなりましたからとかって十個も運んでくれてさ、しかも本当丁重に頭下げてくれてさ」

「あっちこっち丁寧に掃除してくれてね、自分がいくら疲れても弱音一つ吐かずにな」

「この町じゃ魔物少女は普通に目立つけどさ、彼女はとても人気だったよ。女の子が落とし物をしたって言うやずーっと探し続けてね、まあ実はその子半ばいたずらでやったんだけどとうとう丸一日平気で付き合い続けたリンコのせいで派手に怒鳴られてさ、その間もずーっとその子をかばってたんでね」

「想像通りのようなそうでないような」

「本来の彼女はとても真面目で優しい子。なのになぜだかいつもおびえてて」

「そうだよ、とっても強いくせにさ。まあ決してその強さを鼻にかけないんだけどさ」


 これ以外にも、いきなり二十六本もの剣(ハイコボルドを倒した報酬)を持ち込んで来た事。

 それであっという間にVランクに推薦されてなお誰も異論をはさまなかった事。

 人が嫌がるような事でも進んでやる事。


「まあほんとは俺の仕事がなくなっちまうからちと嫌だったんだけどな、でもあんなに守ってあげたい子はそうそういないぜ。いっそこの町に残ってくれればあらゆる意味で看板になれたんだけどな」

「もうゴロックさんったら、ああいう子が好みな訳?」

「俺はカミさん一筋だよ、めったなことを言うんじゃねえ!」

「そのカミさんだって気に入ってんだろ、なあみんな」


 ゴロックさんに奥さんがいるってのはさておくとしても、倫子がいかに好かれているかって本当によくわかるよな。それこそ老若男女、みんなに好感を得てる。

 俺は彼女の通うペットショップに行ったことねえけど、そんな人間が動物に好かれねえのは理屈からしてもおかしい。


 しかし、ワーウルフ。いわゆる人狼、人と狼の半分半分の魔物か……。


 いろんな技量を身に着けたクラスメイトたちに出会ったが、まさか種族その物まで変わっちまう存在がいるとは思わなかった。




「リンコは今でもいるんですか?」

「いやいないよ、南の国にスカウトされてな、俺らに引き留める権利もなかったしな。何せ日給銀貨七十枚だってさ」

「はああ!?」

「しかも本当に深々と頭を下げてさ、ああいうのに弱いってわかるよ、まあ五日間の付き合いでしかないけどさ」


 銀貨七十枚、つまり七万円。それこそ破格ってレベルじゃない高給だ。その上に依頼人が真摯だったと来れば、乗っかるのも当たり前だろう。


「それは残念でありますな……」

「しょうがない。向こうにだって都合があるのだろう。情報がない以上、自分がひとりぼっちであったと考えていてもしょうがないからな」

「とは言え米野崎さんと共に心配ではあります」


 倫子はハイゴブリンの住む山にやって来て、そこから一直線にこのリョータイ市に駆け込んで来たようだ。それでさらに南の国へ行ったという事で、それこそ他の世界を何にも知らなかったはずだ。


「何かの事件に巻き込まれてなければ良いのだが……」

「仮にそうでないとしても、三田川にでも見つかったらと思うとな……」

「ミタガワって、今話題の指名手配犯か」

「ええ……」

「ミタガワって女をさ、はるか南で見かけたって話があるんだよ。まだそん時は指名手配犯じゃなくてCランク冒険者だったけどさ」


 そしてそんな彼女が三田川に目を付けられて追い回されているのかと思うと、はなはだ気の毒になって来る。


 なぜここまで万人に好かれるほどに好人物であるはずの存在を、あそこまで激しく憎まねばならないんだろうか?


 ————怠惰だから。

 三田川はしょっちゅうそう言うけど、何をもってそう規定するかなんてそれこそ本人の勝手じゃないか。自分がそうだと思ったからそうなのだなんてやったら、倫子に同じ理屈をぶつけられたさいに自分は関係ないとか言う理屈が言えるのだろうか。

 同じただの高校一年生、まったく横並びの関係のはずなのにそんな事をやっていたら、民主主義も何もなくなってしまう。その事がなぜわからないのか、俺はあの時からずっと三田川を哀れんでいた自分に気付いた。




「まあとりあえずたくさん食えよ」


 そんなんでも、なぜか腹は減る。


 アルイさんに釣られるように、俺たちも食事をとる事にした。派手に暴れているくせに、昼飯を食ったのは数日ぶりだ。


「たまにはいいじゃないか」

「昼食など、それこそめったに取らんからな……」

「昨日の山賊退治の祝いだと思っておけ」




 って言うかアルイさんが注文したのと同じのを頼んだだけなのに、なんでこんなに美味いんだろう。


 俺たちがひとくちに四十回は噛みながら飲み込み切ると、鎧の音を立てながらドアが開けられた。


「何事かい?」

「トロベ様はいらっしゃいますか」

「私に何か?」

「本日中に父上様と母上様が会いたいとの事でございます」

エクセル「次の出番は?」作者「相当に後だよ」

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