コーヒーの味は
※7月16日、ランキング表記を訂正。
「あらためて重いですね」
「力が付いたと言う事でありましょう」
ハチムラさんがとりあえずの援助として提供してくれた俺・市村・トロベ用の兜は、正直ものすごく重い。
軽めの奴だとか言ってたけど、それでも数キロはあるんじゃないだろうか。ああ、髪が蒸れそうだ。
「鎧と剣と兜で三〇キロはくだらないはずだ……」
「なのにその程度の感想しか出ない辺り、本当に変わったのね」
大川は相変わらずの軽装だ。戦闘スタイル上どうしても重装にはなれないが、あらためてうらやましいやら不安やら複雑な気持ちになって来る。
「って言うかさ、その宝石ってやっぱりあれでしょ、守りを固くするって言う」
「……上田…………えっと、その……」
「きれいなほうせきですねー」
「ほう、咳が出そうなぐらいにきれいだよねー」
「フフフフフフ……」
八村は小さくなりながらセブンスの中指に指輪をはめる。俺とセブンスの仲の事だろうか、それとも大川たちに用意できなかったのが後ろめたいのだろうか。
そんでやっぱり怒ってるっぽいセブンスに対しオユキとトロベがいつもの調子で場を治め、八村を大きくする。
「人の事はまったく言えないでありますが、慎太郎君は女心を学ぶべきであります」
「赤井君がそれを言う?」
「ですから人の事は言えないと前置きしたのであります、正直こちらは不安で寝付けなかったのであります……」
「私たちの世界と違って夜は長いからね、本当に寝るしかないし」
「アハハハ、ベッドが空いちゃったしなー」
米野崎は赤井の女友達の一人だ。神林はとりあえず大丈夫、藤井はまあ便りがないのは良い便りを地で行く状態である以上、どうしても米野崎の安否は気になる。
それで心配になるのは当然だが、それ以上に俺のせいでもあるだろう。
昨晩、セブンスは俺のベッドに潜り込んで全く離れようとしなかった。あんなに大泣きしてそのまま眠っていたのに寝息ひとつ立てずぐっすりと眠り、その上で俺の体を強く抱きしめていた。
「ユーイチさんは本当に素晴らしい人です。そのユーイチさんのために私は戦うのです」
「女性は強いなあ」
「キアリアさん」
「ミワだってね、あんな目に遭ったのにまだ必死にランクを上げようと頑張っているよ、あっちこっちで負傷者を見つけては回復魔法を使いまくってさ、イトウさんからはそういうガツガツした所を治さなきゃダメだと言われてるけど、指輪とか以前の問題である以上あれはもう性分なんだろうね」
キアリアさんはミワの事を話しながら両手を上に向ける。セブンスやミワのように、これと決めたら一途なのがカッコいいんだろう。一つの目標のために邁進するその姿ほど美しい物はないって、漫画でもアニメでも言ってるし先生や親だって言っている。
「遠藤みたいになっちゃ困りますけどね」
でもその方向が間違っていたらどうなるんだろうかという懸念は、どうしても消えない。自分の夢に振り回されている遠藤の事を思うと、俺はどうしてももろ手を挙げる気になれない。
「シンタロー、いったん仲間たちとお別れだな」
「そんな」
「いや、シンタローにこれからはしばらく魔王討伐を行う君らを支援する役目を与える。魔王がいなくなってくれれば私たちの商売もしやすくなるからね」
八村はこれからもハチムラ商会の一員として活動するそうだ。だがその役目は俺たちへの支援のみとされ、必要以上の責任を背負う事もなくなるようだ。
「お前はまず身内の事からやってみせろ。そのためならばある程度金を使っても構わんからな」
「わかりました」
どこまでもハチムラさんって人はしたたかだ。にこやかな顔をしてきっちりと言うべき事を言ってきっちり誘導する辺り、まさしく大商人なのかもしれねえ。
「ああ魔王と言えば、コボルドは」
「コボルドは魔王がいる前からいたよ。彼らは不思議なことにどこからともなくやって来てはね、私たちに狩られて行く。
女神様のおぼしめしだとか言う人もいるし、あるいは神話の時代に女神様や人間との戦いで敗れてこの役目を与えられたとも言われている。いずれにせよ、彼らは彼らなりのコミュニティを作っている、それだけの事だ」
「あまり立ち入るなと言う事ですか」
「まあコボルド狩りを怠ると町に侵入して荒らして来る事もあるからね、コボルド狩りを新米や食い詰め冒険者の仕事とか言い出すのは本当に参るんだよね」
キアリアさんはコボルドについて解説しながら苦笑いしていた。
ギンビたちは冒険者の基本であるコボルド狩りの任務を怠り、それでリョータイ市のギルドからいささか不評を買っていたらしい。それで他の冒険者たちにそういう仕事が回され、その結果いろんな不具合も生じたそうだ。
「とにかく、私はサンタンセンの町に戻る。楽しかったよ、キミたちといっしょの戦いは」
キアリアさんは軽く手を振りながら、ゆっくりと北に向かって歩いて行く。背筋が引き締まっていて、まさしく立派な冒険者様、って言うか騎士様の姿だ。
「ああ言うのが真に立派な人間なのだ」
「まったくだな。肩書だけあっても実が伴わなければどうにもならない。だからその」
「悪いけどこれは決定事項だからね、どうか勘弁してもらいたいね」
モルマさんが小さくなりながら手をこすり合わせる。
今回の功績で、トロベを除く俺らは全員冒険者ランクがひとつずつ上がった。要するに俺と赤井と市村がTランク、セブンスとオユキがVランクで大川がWランクになる訳だ。
「それでモルマさんもサンタンセンへ」
「いや私は王国へと出頭する」
「出頭って!」
「サンタンセンのギルドはキアリアさんに任せる。と言うか既に決まった事だ、今後はキミカ王国の兵士たちの教官をやる事になる。良かったら会いに来て欲しいけどね」
モルマさんはキアリアさんと真反対の方角に、真反対の背中をして去って行く。
でも顔だけはほとんど同じであり、何の悔いもない事だけは間違いなかった。
そしてアルイさんは相変わらずな笑顔を浮かべながら、俺たちが乗る馬車の護衛役として付いて行く事を決めた。
(俺もああなるのかもなあ?)
酒の味はわからないけど、コーヒーの味は覚えたつもりだった。
でもまだ正直、ブラックコーヒーは遠慮したい。
上田「明日は」
神林・木村「ぼちぼち外伝の公開だよ!」
日下「こちらをよろしく……」
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上田「オイオイオイオイ!!」




