召喚魔法
「ああクソ!ああクソ!!」
背中以上に、全身が痛い。
あのパラディンとか聖職者様とか言う男は、まるで役に立たなかった。
インチキだとかわめいてみせたが、元よりインチキなんかじゃなかっただろう事ぐらいはわかっていた。
あのパラディンの剣術はかなりの腕前、自分はおろかエクセルよりさらに上のそれであり、ユーイチが互角かもっと上だっただけの話だ。
「デーン様、もはや」
「う……うっ……」
ああ、もう何もかもおしまいだ。明日には堂々とセブンスはこの村を出て行ってしまうだろう。
ユーイチを流れ者とバカにしてみたが、自分は第一にカスロを継ぐ義務があるし、第二に自分はユーイチには勝てない。ユーイチに勝てない奴がこの村の外で生きられるのか。
「しばらくはご安静に」
「別れのあいさつもできやしねえのかよ……」
「この村には年頃の娘など数十人はおりますぞ、別に難渋せずともよろしいのでは。村長などそういう物です、村長様のように」
ニツーは昔からそういう人間だった。セブンスがダメでも他に女はいる、それを狙えばいいだけじゃないか、そこまであっさり割り切れる頭がデーンにはうらやましかった。
「村長様、か……」
「そういう事です」
カスロは村長としては実に有能である。七日の内四日は一日中家に籠って会計の事ばかり考えているのは伊達でも怠惰でもない事ぐらいはわかっていた。
その上で必要だとあらば盛大に使う事をいとわない程度には金使いも荒く、そして一人っ子の息子の事を愛してもいた。
(金貨三枚、それは俺に親父が使えって言った金だぞ……それを使って何が悪い……!)
金貨三枚、セブンスの月収の一.五倍の金額をカスロはデーンに渡していた。その大金をデーンはまったく私情によって《《腕利きの冒険者》》であり、自分の願いをかなえてくれる人間のために使おうとしていた。
その結果があれだ。話が違うと言う事であのパラディンには金などやっていないが、それでも審判気取りのあの男には銀貨十枚を渡してしまった。
「親父はどうした!こんな時間から女どもと騒いでるのか!」
「そのような、あくまでも書類との戦を、どうか妨害などなさらぬように」
「うるさい!」
痛む背中を支えるように背を伸ばしながら、デーンはカスロの部屋へと向かった。けっして重くないデーンの足音が鳴り響く度に家が揺れる。メイドと言う名の囲われ女が口を押えていることなどまるで気にせず、デーンは廊下を早歩きする。
「親父!」
「どうしたんだデーン」
「どうしたんだじゃねえよ、聞いてるだろう!」
「ああ……残念だったな」
「残念だったで済むか!」
どなりながらも、デーンは甘えていた。目の前の父親がけっして自分を見捨ててなどいない事を知っていたし、同時にこのやり方を非難していない事も知っていたからだ。
「親父、なんでこの家には使用人が二人しかいねえんだよ!」
「そんなに必要か」
「ああ必要だ、こんなデカい家二人じゃ持て余すに決まってるだろ!」
「まあそうだな」
それでまったくピント外れな事を言い出す息子に父親も付き従い、そして書類とペンから手を放してゆっくりと立ち上がった。
太った肉体を大儀そうに動かしながら、隅っこにある本棚に手を伸ばす。デーンも急に笑顔になりながら近づき、そのまま父親の腰を支える。
「この本を使えばいい」
「わかったぜ、やっぱり親父はカッコいいな」
「だが罰として、お前に貸した金貨三枚は返してもらうぞ」
「了解しましたっと」
そしてそれだけでも凶器になりそうな黒い辞書を抱えた父親の機体に応えるように、デーンはきつく紐を結んだ袋から三枚の金貨を取り出す。
「えーとそれで……」
「このページだ。魔力はさほど要らない。わしでもできるぐらいだからな」
「しかし親父が魔導士だったなんてよ」
「違うと言っているだろ、魔導士でなくとも使える魔法だ」
初級魔法とまでは行かないが、それに近いレベルの魔法。それがその辞書の、十四ページに書かれている魔法だった。
「時間がないのだろう?」
「さすが親父だ、でも仕事」
「ちょうどひと段落ついた所だからな」
しおり代わりに一枚の葉っぱをはさみながら、デーンとカスロの親子は魔法を行使すべく玄関へと向かった。
「デーン様、ああカスロ様それは!」
「ニツー……この屋敷の清掃は大変か?」
「そのようなことは断じてございません!あのそれは」
「王室でだって使われている魔法だ、知っているだろう?」
「ですがその……!」
無言でニツーを突き飛ばす親に、デーンは肩をいからせながら追従した。
(これさえ使えばあっという間にあの野郎にほえ面かかせてやれたのに……本当に気が利かねえ男だ!この召喚魔法が王宮でさえも使われてる事なんか知ってるくせに……!魔物も使いようだろうが……!)
素直な気持ちを見せる。それが一番肝要なはずだ。時間が全くないはずなのに何を悠長と言うか殊勝ぶってるのか!
デーンもカスロも夜通しセブンスの家で張り込んでいたこの忠臣を、まったく顧みなかった。
そんなすさまじいまでの自分勝手さが何を生み出すか。デーンにも、カスロにも答えは既に見えていたはずだった。