緊張の糸が切れた
「ユーイチさん、ユーイチさん……!」
「セブンス……!」
「怖かったでず、ものずごく、怖かったです……!」
全てが済んで緊張の糸が切れたのか、セブンスは派手に泣きわめいた。ほんのちょっと前まであのタイガーナイトやスキャビィ、グベキにも立ち向かったはずの女傑が、ただの少女になっちまってる。
「あーあ、ったくウエダとか言ったな、本当にお前さんは幸福だな」
「……」
「しかしあの坊やもさ、なんでまたそんな真似を」
「私は、私は強そうじゃなかったですかぁ!」
セブンスはまた派手に泣く。
強そうじゃないとか言われてもって話だが、実際問題このセブンスを見て強者だって感じるのは無理がある。単純に男にすがりついて泣きわめいているからではなく、はっきり言ってセブンスの外見はただの村娘だ。
(見た目で人を判断するなとか言うけどな、セブンスがあそこまでの勇気を見せるだなんて俺さえも予測してなかった)
あの状況で少しでも遅れれば、セブンスの頭は真っ二つになっていただろう。俺への信用が先なのか元々肝が据わっていたかのどちらかなのはわからないが、ここまでの度胸を持った奴は俺の人生でひとりもいない。
「お前さんたちなあ、これを見抜けだなんてずいぶんと無茶を言うねえ。本当ならかわいいかわいい女の子なんて、それこそ大事にしまって置きたいだろうよ」
「しかしWランク冒険者ですから」
「そんな肩書だけで判断しちゃいけねえのは世の常だ。結局冒険者ってのは生の人間だ、その生の人間を見ちまった結果、やっぱり大事にしまって置きたくてしょうがねえ存在だって考えたんだろうな」
アルイさんは皆さんをなだめながらも、セブンスの背中を撫でる。
二年前に親をなくしたセブンスにとって、久方ぶりの年上の男性からの温かい手付きだ。俺だったら少しは気持ちも落ち着くだろう。
って言うか正直、いい加減ホームシックになりかかっている所がないでもない。俺には知人友人などほとんどいないが、それでも両親と柴原コーチだけには今すぐ会いたい。会えなくても近況報告の一つでも行い、無事である事を知らせたい。
「と言うかモルマ殿!なぜセブンス殿を守れなかった!」
「申し訳ございません……最初は荷駄が狙われると思い、荷駄を中心に警戒を張っていたのです……しかし」
「トロベ!」
「いやこれは失礼、モルマ殿……」
トロベとオユキの怒声に一瞬セブンスの背中が震え、それと共に少しだけ俺の鎧の湿度が下がった。少しだけ、涙が引っ込んだんだろう。
「山賊は荷駄ではなく、美女であるセブンス殿を狙ったのです。まったく、うかつ極まるお話です……」
「それはおかしいであります!」
「おか」
「あー、確かにこれまで女性を山賊、と言うかタイガーナイトが狙った話は一つもなかったからねえ。
これまでの経験を元に動いてしまった以上、これはもうしょうがないミスなんだよ」
「……アハハ!」
いきなり笑い声が飛んだ。
ダジャレにトロベが反応したのかと思ったが、トロベはまったく真顔のまんまで突っ立っていた。俺が笑い声の主を探そうと首を振ると、大川を指さしていたひとりのおっさんがいた。
「オーカワとか言ったな、あんた悪いけどおまぬけやらかしたぜ」
「おまぬけって……」
「そこの坊さんの言葉を頭ごなしに叩こうとしてさ、アルイさんにビシッとやられちまって。その瞬間ポカーンと大口開けてよ、悪いけど笑えたぜ、アッハッハ!」
冒険者さんたちが笑顔に包まれて行く。
もちろん山賊、いやタイガーナイトたちを倒した達成感もあるんだろうけど、それでもその心地よい疲れ以上の何かが笑いの沸点を下げたんだろう。いずれにせよ、怒りや憎しみであふれているよりずっといい。
「……市村……」
「あまりケンカ腰になるもんじゃない。お前は十分にやってみせた。それだけでいい」
「…………私って、本当に小さな女だなって」
「おいっ!」
大川が重たい体を引きずりながら市村に抱きつこうとする。
だがそれによりまた笑い声が起こり、トロベの叱責が鳴り響く。
強弱の問題ってのは、実に相対的だ。
大川は俺らの世界では紛れもない強者であり、こんな風に弱みを見せる事なんかなかったはずだ。
おそらくは家族の前でさえも、敗北の悔しさを必死に飲み込んだ顔をしていただろう。むしろ、勝っても負けても平常心を守る事が是とされる以上感情をむき出しにすることはタブーに近かったと思われる。
でも、俺も大川もしょせんは十五歳だ。強いつもりでいた所で、本当に強くなれるかと言うと話は別だ。
「とりあえず、帰って食事取ろうよ」
「うん……」
「ショックを受けた時には食べるのがいいの、これが本当のショック時って」
「ハハハハハハハハハハハ……フハハハハハ……」
先ほどはひるまされたオユキとトロベに今度は笑わせられながら、モルマさんたちはカイコズへと戻って行く。
市村は久しぶりに見せた馬術のスキルを使い、赤井に治療された負傷者たちを乗せた馬車を引いている。荷駄はその大半が魔物たちの襲撃で壊れてしまっており、明日にでもまた回収する事になると言う。
「明日はこのゴミ拾いと街道整備の仕事だよ」
「最近あっという間に回収して行く坊やもいるらしいけどな」
「坊や?」
「そうだよ、廃品回収もギルドの大事な仕事なのにさ、まあ恨んではねえよ、うらやましくはあるけどさ」
いろんな事情がある。この世界の人だって、俺たちだって。
「しかしウエダ殿、大丈夫か」
「大丈夫だよ、セブンスは軽いから」
しかしギリギリ引きずらない程度とは言え、いつから俺は人間一人をおぶっても平気になっちまったんだろうか。って言うか背中まで濡れちまった。
「もう、いいです、歩けま、す、から……」
こうしていると本当にかわいいんだけどな……。




