グベキとゾンビ!?
紛れもなく、グベキだった。
ただ、薄汚れた茶色のワンピースではなく黄色いドレスを身にまとい、金髪をやけにきらびやかにしているという違いはある。
「誰だよそんなに飾り付けたのは」
「教えてあげる理由なんかないよーだ」
両手の小指と薬指でVサインを作り、俺たちに突き付ける。この世界における最大限の敵意を示すポーズだ。
俺らだけじゃなくトロベやキアリアさんにも向けている事からして、今の彼女はそういう立場なんだろう。
「私を斬るの?」
「キアリアさん、こいつはナナナカジノ襲撃犯の一味です!」
「覚えてたんだ、どうもありがとう!された方は忘れないけど、した方は忘れてるってのはよくある事だからね!本当そう言うのってめちゃくちゃムカつくし!」
よく聞くお話だが、それを言うならこっちだってナナナカジノ襲撃の時にしてやられた事を忘れる訳には行かない。
(ずいぶんとインチキ臭い笑顔だよな……!育ての親の仇を目の前にしてできる顔じゃねえよ。
さっきの言い方からするとミーサンが死んだのは知っているようだが、その仇討ちができるって言うにしても……って言うかここをどこだと思ってるんだ!?)
この笑顔を、俺は守りたくならない。
前科ありと言う事を差し引いても、どうして憎むべき相手に向かってこんな顔ができるんだろうか。
「金貨二枚とか言うけどね。もう少し上げてもらいたいね」
だいたいの問題として、ただの少女がどうしてここまで来られたんだろうか。
グベキは遠藤と並んでナナナカジノ襲撃犯の一人として賞金首になっていて、そういう存在を追い求める連中に捕まっていても一向におかしくない以上、まともな道を歩けるはずがない。
「一体どこの誰が付いてるんだ!」
「キャーこわーい」
「教えろ。じゃなきゃ俺たちも金が欲しいからな、そしてそんな強敵は潰す」
考えられる答えは二つ。まともな道を歩いても平気なほどに強いか、それとも誰かがバックアップをしているかだ。
いずれにせよ、この危険な存在を放置する事はできない。
「おねえちゃん!」
「ウエダ殿から聞いている。まったくなぜミーサンとやらに利用されている事に気付かん」
「あたしもそういうのってダメだと思うよー、山賊が何をしていたか知らない訳じゃないんでしょー、いくら恩があったとしてもね、別に殺そうって言ってる訳じゃないでしょ、ねえウエダー」
で、何涙目になってナナナカジノ襲撃の事を知らない二人にすり寄ろうとしてるんだか。俺はぼっちらしく人の顔色をうかがうって言うか読む事は不得手だったけど、それでもここでひと月過ごしていれば慣れもする。
騙される方が悪い――その一言で片づけられそうなほどに、ある意味実に薄っぺらな笑顔。
薄っぺらなくせに自信満々で、それでいて芯が通っている。
あざとい。ひたすらにあざとくて厄介な笑顔。
「……キアリアさんがちゃんと捕獲してくれるならな」
「ボクは孤児院を経営してる訳じゃないよ、って言うか孤児院でもこんな女子は嫌われるね。自分のためになるオトナサマの言う事だけを聞いて、と言うか自分がいい子いい子されるためならば何でもする」
「明日のライブラリーに登場する賀集色江のようでありますな、理想とも言える親を持ちながら兄と対立し、最後まで悔いる事のないまま死んだ……」
「その例えはともかくさ、もし上田からの知識がなければ騙されそうなほどには彼女の笑顔は完成されている。ただその過程で多くの仲間からの嫉妬と憎悪を買い、それにより身を亡ぼす危険性を兼ね備えている」
「……」
男性陣もまったく容赦ない。例えは人それぞれだが、いずれにせよグベキの笑顔をまともに評価していない事だけは一致していた。
「はぁー、ひぃー、ふーん、へえー、ほおー……」
「わかったらおとなしくしろ。それができないなら……」
大川以外すべてからはっきりと拒絶されたグベキは急に涙を引っ込めて目を細め、二、三歩後ずさった。
涙も笑顔も、営業スマイルとか言う言葉を通り越した大根だか千両だかわからない演技っぷりだ、ったく内心では舌打ちでもしてるんだろうか。
「ミーサンを殺したウエダ。どうして味方が増えるの?でも私にだって、たくさん味方がいる。それが全て……」
「山賊たちが味方ってのが間違、って……!」
「上田君!」
「何だ赤井……!」
何様のつもりだと思いながら剣を振り上げた俺を止めたのは、赤井の叫び声だった。
山賊の死体が立ち始めた。あれほど血を出していたはずなのに顔色が良くなり始め、背筋も伸び出した。
「はぁ!?」
「し、死んでない!?」
「浄化魔法が効かないであります!」
「この!」
「ウウウウ……」
いわゆるゾンビ系の敵に有効な浄化魔法を赤井は放つが、まったく再生が止まらない。それでも市村の剣が山賊の死体の頭に振り下ろされ、頭を割られた山賊が倒れ込む。
————青い血を出しながら。
「どうしても私にミーサンの仇を取らせてくれないんだね!」
「ふざけるな、お前魔物に味方したのか!」
「魔物でも何でもミーサンの仇を討てるならばいいんだもーん!」
ふざけた物言いをやめないグベキに背を向け、俺は蘇った敵の背中に向けて剣を突き刺す。
青い血があふれ、黄色と黒の毛を染めて行く。
そう、黄色と黒の。
「虎!?」
そして、頭目も――――。




