おぼっちゃま
とりあえず全員参戦が決まってほっとしたが、それでも八村の笑顔と背中は固い。
「それでその、明日から討伐を決行する事になると思われるので、それで他の冒険者の、皆様と打ち合わせと言う事で」
「固いな、ここ数日はもうちょいサバサバしてただろ?」
「アルイさん、これはただ緊張しているだけでして」
「そうなんですか?」
「いつもあれだけの大荷物を麦一粒単位まで正確に数えて、それで下男一人の食事まで全く怠らねえ上に自分も粗食で朝から晩まで動き回ってさ、そのはずなのに俺ら冒険者にも愛想がよくてさ」
いつの間にか八村の机の前に来ていたアルイさんがひげをなでながら笑う。どうやら俺らと出会う前の八村は、もう少し柔らかくて人当りも良かったらしい。
「って言うか八村ってずっとこの宿屋で」
「そうでもなかったよ、山賊が出るまではな。出た後はずっとこの宿屋で寝泊まりしている状態で、リョータイにある下宿先にも帰れなくってさ、私物も取りに行けなくてさ」
「私物?」
「正直さ、この世界で覚えちゃったんだよ、ポーカーを。それで三日前に…………」
三日前に何をしたのか知らないが、おそらくは「トランプ」を手に入れてたんだろう。
そのトランプがもしシンミ王国産だとしたらその価値はバカ高いはずであり、ある種の金銀財宝でもある。確かシンミ王国貴族用の代物ともなると金貨一枚以上するんじゃなかっただろうか。
「そんな大事なもんをなんで置いて行ったんだよ」
「まだ私物じゃないからだよ、って言うかせっかく手に入った大事な遊び道具を独占するのはおかしいと思うんだけどさ。まあナイヤンさんが大事にしてくれてるのを祈るしかないよ」
「ナイヤンさんか、あの人もきれいな真っ金々の髪色で亭主同様いつもニコニコしてるけどそのくせかなりのやり手だもんな。お前さんもそれにほだされたクチかい?」
「アルイさん、そんな事言わないでくださいよ、ナイヤンさんは親方様と並ぶ恩人です、こんな俺をここまで重用してくれている!それから魔物との戦いで親戚縁者を失った人たちを抱えてくれる優しいお方なんです!っておいなんだ上田、その目は!」
「すまない、新たなトラウマができちまってな……」
ナイヤンさんってのは親方様と言う名のハチムラ商会の主の奥さんなんだろう。それこそ八村にとっては命の恩人そのものであり、あるいはすべてが終わってもこの二人のためにここで一生を送ろうとか言い出すかもしれないほどに本気なのかもしれない。
でもこっちは金髪碧眼の中年女性と聞くだけで、正直気分が萎えて来る。
ミーサンに、ロキシー。それからあの「グベキ」。ラブリさんのような人もいたけど、どうしてもその手の女性が好きになれそうもない。
そんなもんが掃いて捨てるほどいるのがこの世界だし、元の世界でも外国人には山といるが、今後俺がその手の女性をすんなり受け入れられるかどうかわからない。
(って言うか、昔から不思議なほど女性に欲情する事がなかったな……)
いや、そもそも俺はそういう手の女性に好意を抱く事がなかった。好かれるにはまず好きになれとか言うが、どんな女優やアイドルをテレビで見ても好きにならなかった。アニメや漫画を見ても、好きになるのはやはり男性のキャラか動物のキャラばかり。しかも不思議なほどにその動物キャラもオスばかりだった。
「ユーイチさんはずっと苦しい思いをしてきました!例えばエンドーさんを騙していたミーサンってのに、それからオユキを苦しめたロキシーって元村長……」
「セブンス……」
「でも人殺しもするよな」
「それは情報を盗み取って他の商会に流したからです。五年間も目をかけて来たのにとナイヤンさんも泣いていました」
その事を理解しているはずのセブンスの主張の激しさに少しだけ引こうとした所で、アルイさんと八村が揃って爆弾を投げ付けて来た。
けど不思議なほど、血の気が引かない。血に慣れてしまったせいか、それとも赤井たちが無反応だったせいだろうか。後者である事を願いながら俺が赤井たちを同じ顔をしていると、八村はさらに何か言いたそうに右手を振り上げていた。
「上田!いやウエダさん!」
「そもそも、明日の山賊討伐に参加する冒険者たちを集めての作戦会議だろ。もうそろそろ始めてもいいんじゃないか」
「でも誰が進行役になって」
「そりゃモルマさんかキアリアさんに」
「でもお、いや僕が採用したのは二十名ほどいて、それまでウエダさんたち七名とそのお二人とアルイさんと!」
「おいシンタロー、そんなに背伸びしなくてもいいんだぞ」
「親方様!」
「これはこれはハチムラ商会のハチムラさん!」
めちゃくちゃ必死になっている八村が、急に静かになった。モルマさんが席を立ち、両手自分が座っていた椅子を勧めて来る。
でも親方様と言われた、ハゲ頭にヒゲ面だけど不思議と愛嬌のありそうな顔をした男性は気にしなくていいよとばかりに手を軽く振り、立ったまま笑顔で八村の前に立った。
「あなたが」
「私がこのハチムラ商会の代表、ハチムラだ」
「慎太郎……」
「まったくの偶然でね。ひと月前彼がここに来た時に気に入ってね、それで下働きにしたんだけどね」
「あの、親方様、僕は、必要な冒険者をそろえようと」
「シンタローはよくやっている。元の世界ではかなりやり手だったんだろう?でないとしても、商売に対してかなり熱心だったんだろう。そんな人間を出世させない訳には行かないからな」
八村が震えている。
そんなに自己主張は強くないけどいつも泰然自若として自分をきちんと持っている男とは思えないような動揺ぶりであり、ハチムラさんって人にいかにお世話になっているか実によくわかる。
「時々いるんだよな、優秀だと思って一挙に高い地位を与えると萎縮するのが。彼は決して派手じゃなく、どこまでも地味に裏方で良かったんでしょ」
「でもねえ、彼の計算はとても正確であっという間に数が把握できてね、手間がかからなくなったんだよ。それだってのに自分たちのやり方を学びたいとずいぶんと勉強熱心だからね、それで重用してたんだよ」
異世界から来ようが何だろうが、才能があって悪い事をしなければ関係ない。
実に立派な人だと思う。ハンドレさんだって同じ考えかもしれないけど、いずれにせよそういう考えこそが企業の長にとって大事なんだろう。
「シンタロー、お前さんはあるがままでいいんだよ」
「しかしこれは生死を賭けるお話ですから」
「商売人はな、元から商売に生死を賭けてるんだ。冒険者だって商売が冒険に変わっただけに過ぎないんだよ」
「……やっぱり血が怖いのか」




