俺、調子に乗り過ぎ?
次の日、俺たちは思わぬ客を迎える事になった。
「キアリアさん!とギルドマスターさん!」
「モルマとお呼びください」
「Nランク冒険者の到来とは実にありがたい事であります!」
相変わらず真っ赤な衣装を着ているキアリアさんと、サンタンセンのギルドマスターことモルマさん。Nランク冒険者と言う単語にカイコズ内が湧きかえり、そして昨日ハチムラ商会に売り込みをかけていた冒険者の皆さんが少しガックリしていた。
モルマさんはと言うとギルドマスターをしていた時の地味な服のままだけど、それでも少し軽装になっていて動きやすそうだ。って言うかキアリアさんよりも速い。
「サンタンセンのギルドは」
「あの事件もありまして少しの間休業状態です。キアリアさんがいるとは言え後はイトウさんとミワちゃんだけではとても大口の依頼には対応できず……」
「別にギルドマスターをやめる事もないと思いますが」
「私は元より王家から派遣されて来た身。あの事件の責任を誰かが取らなければなりません」
鋭い身のこなしなのに、足取りは重い。まったく、三田川ってのはどこまでも罪深い女だ。おいおいマジかよ本当なら山賊退治の中心を担うはずだった存在がとか騒ぎになってるけど、実際ホントならギンビって人も立派にこの世界のためになったはずなんだよな。
「そう言えばギルドマスターってどう決めるんです」
「サンタンセンのギルドはリョータイ市のそれの下部組織だからね。さらに言えばリョータイ市のギルドはキミカ王国の影響を受けている」
「あの、言いにくいんですけどギンビが我が物顔っぽく振る舞ってたんですけど……」
ギルドにおいて一番偉いのはギルドマスターのはずだ。だってのにあのギンビは我が物顔に振る舞い俺を襲い、ってのはどうでもいいとしてもミワやイトウさんにあんな無礼を働き、ギルドマスターであるモルマさんの制止にも耳を貸さなかった。
「失礼な、あくまでもギルドのランクは成果第一です!彼は本来優しい男なのですが自分が何とかしなきゃと先立ってしまいまして!」
「ウエダ君だっけ、キミの憤りもわかるよ。でもギンビはキミらが従うのならばと言ってたじゃないか」
「ああそうですかい」
「ああそうですかいじゃないよ上田!」
何事だとばかりに後ろを振り向くと、市村が体勢を崩していた。
「どうやら上田君を引っぱたこうとして外れてしまったようでありますな」
「え!」
俺自身が本気でびっくりしていると、市村は体勢を直しながら顔を背けた。
大川も同じように首を振り、赤井は市村を支えている、
「確かにお前が言いたい事はわかるよ。でも少し調子に乗り過ぎたな」
「少し楽をし過ぎてるかもしれない、そういう所が見えるのであります」
調子に乗っている———————全く予想外の言葉だった。自分なりに謙虚に、そして時には自らを犠牲にして戦って来たはずなのに。
「…………やっぱりどこかおかしいな」
「トロベも」
「いや、元の世界ではウエダ殿は友人がいなかったのだろう?だがこの世界に来てより、そんな事になる理由が見えんのだが」
「理由、か……」
あるいは俺にはどこか他人をいらだたせる所があり、それ故に友だちも彼女もできないのかもしれない。だが相談できる相手は親と柴原コーチしかいねえし、そういう頼れるはずの大人でさえも何も有効な答えを出してくれなかった。
と言うか、考えもしなかった。不思議なほどに、一人で生きて来た。
「本気で聞きたいんだけどさ、どうして俺はそんな事を心配しなかったんだろうか」
「……すまない、前言撤回させてくれ。調子に乗ってたのは俺だ」
「確かに上田君に声をかけようとしたことは幾度もありましたが、なぜかタイミングが会わないままずっと過ぎたのであります。それゆえに経験が積めなかった、と言う事でありますな……これは私としたことがうかつでありました」
その事を素直に言うとすぐさま二人とも頭を下げて来た。
不自然と言えば不自然なのかもしれない。だがその不自然さを、俺は不自然だと感じないまま生きて来たのかもしれない。だとしたら、我ながらずいぶんと損をして生きて来たわけだ。
「そいつはまったく災難だねえ」
「アルイさん」
「確かお前さん十六歳だっけ」
「十五です」
「そうかいそうかい、しかしその年までとなると、それこそそうなる事を熱烈に望んでいる奴がいるのかもしれないね」
「そんなぁ!」
オユキは驚いてるけど、実際問題ここまで来ると誰かがそういう方向に持って行こうとしているんじゃないかって疑いたくもなる。そしてそれもまた、この世界に来るまでまったく及びもつかない発想だった。
「だとするとそれは相当に性質が悪い存在だな」
「もしかして三田川が」
「ミタガワは元からあんな凄まじい存在だったのか?」
「いいや」
三田川とか言われても、あり得るともあり得ないとも言えない。三田川がなぜあそこまで執着するのか、どうしてあんな力を得たのか、いちいち考えても始まりようがない。
「話がだいぶずれちゃったけどね、とにかく責任を取る形で山賊退治に同行させてもらおうと思ってね。ああこの宿屋にいる一番の腕利き冒険者は誰かな」
「キアリアさんほど方はいませんよ、そのアルイさんって口では大したことないって言ってますけどこの中じゃ上から三番目なんですから」
「俺たちもモルマさんやキアリアさんの指揮ならば動けます」
まあとりあえずは山賊退治だとばかりに話を切り替えてくれたキアリアさんに乗っかる事にした。
「すまなかったな赤井、市村」
「上田君の運命、察して余りあるであります……」
赤井は俺の目を必死に見つめながら謝意を述べ、市村は本当に申し訳なさそうにしながらうつむいている。
「そう言えば豆茶、ウエダの世界で言うコーヒーって私初めて見たんだよねー」
「私もです」
「辛そうだよね、コーヒーだと。だってこうヒーって言いたくなるような感じでさ」
「…………相変わらずだな…………」
それでも女性陣は元気だ。カイコズの温度が派手に上下したのにも構う事なく、ただ楽しそうに歩いている。
「それにしても馬車がたくさんあるな」
「馬車のある場所はここだよー」
「あのな……」
とりあえずキアリアさんとモルマさんの名前により、ハチムラ商会の協力を得るべく交渉をする事になるらしい。
しっかしそれにしてもハチムラ商会ってのはすごいね。こんなたくさんの馬車を抱えて取引を繰り返して。
ハンドレさんも同じ事をやってるんだけどさ、これだけたくさんの荷物をどうやって管理するんだろうか。
「一人の男性が数字をまとめているようであります」
「その前にいるのは彼の上司か?」
上司らしき金髪の男は、背の低い男から受け取った紙を見て右足を踏み鳴らしながらため息を吐いている。ミスったのかと思いきや、どうやら完璧だったのに腹を立てているらしい。
「ああいうのって」
「しっ!声が大きいぞ!」
「そんな事言っても、これからキアリアさんはハチムラ商会の人と交渉するんだからさ」
「あの何か」
大人げない上司だなと思いながらキアリアさんに付いて行こうとすると、また何か余計なことを言ったらしい俺をとがめる声が響き渡り、二人の男性の視線を呼び込んでしまった。
「あの、すみませ、ん……!?」
「なっ!?う、上田!……と市村!?」
俺はあわてて頭を下げようとして、そのまま動けなくなった。
ハチムラ商会の馬車の前で数字を出していたのは、紛れもなくクラスメイトのハチムラ、いや八村慎太郎だった。




