トードー国の噂
「まあいいか、いかにももう少し話を聞きたそうって顔をしてるな」
「はい」
「だったらそこに座れや」
ひげも髪も伸び放題なオッサンは向かいのイスを指さし、俺らに座れと促して来る。とりあえずすでに足取りが微妙に怪しいセブンスを下がらせ、俺一人だけ腰を下ろす。
髪もひげも長いせいで顔が見えない。
それも伊達で伸ばしている訳じゃなくて、なんか妙な貫禄のある伸ばし方だ。何がどうなのかはうまく説明できねえけど、とにかく威圧感がある。
「どっかリオンさんに似てるなぁ」
「リオン?誰だそいつは」
「はい、エスタの町の町長さんです」
「お前、豆茶ってのは飲めるか?」
「えーっと、まあ……」
「一杯くれや」
オッサンの左手が微妙に動いたのと赤井が右手でマルを作った事からとりあえず安心して、豆茶とやらを待つ事にしてみた。
俺に読唇術とかできねえけど、とりあえず十五歳が飲んでも平気そうなもんである事だけは間違いないらしい。
「硬いなずいぶん、冒険者らしいけど新米か?」
「まあそうですね。一応ランクはUですけど」
「俺と同じじゃねえかよ」
それでもUと言った途端、なんとなく表情を緩めてくれた気がする。さっきXランクとか言う声が聞こえたとは言え、Uランクってのが珍しいのか珍しくないのかはわからない。サンタンセンにはNランクのキアリアさんやJランクのギンビとかがいたが、そのほとんどは三田川に殺されている。
「ったくUランクかよ、それでサンタンセンの悲劇からよく生き残ったよな」
「と言うかUランク止まりだったから見逃されたのかもな」
「しかし見ろよあの面構え、まだまだ新米だぜ。これからデカくなっていくかもしんねえな」
ハチムラ商会の人に群がっていた人たちも好き勝手に俺らの事を品評し始める。
ああそのせいか知らねえけどセブンスが俺に寄りかかって来るんだよな、誰だよ舌打ちしたのは。
「いいんですか」
「早熟茶ですら高いからな、酒が飲めない奴はたいていこれなんだよ。まあほんの銅貨五十枚だからな、酒の半値だからな」
「なるほど、コーヒーね。その香り何かいい感じ」
「……あの、ユーイチさん大丈夫ですか?」
「すみません、お水……」
豆茶ってのがコーヒーの事だとわかり、またそれほど高くないってわかって安堵したのはいいが、それにしても苦い。一口で絶対ないだろう砂糖が欲しくなり思わず水を求めてしまった。
「ったく、味覚はまだ子どもらしいな」
「俺の知ってるそれはもう少し薄いんで……」
「ああそうかい。まあ慣れ次第だな。
ってか何の話だっけ、まあとりあえずはハチムラ商会だけどさ」
「ハチムラ商会ってのはこの辺りを代表する商人なんですか」
「いかにも。このカイコズの宿もハチムラ商会が建てたんだよ、サンタンセンやシギョナツとの流通をスムーズにするためにね。それでこのコボルドたちも利用してたんだよ。ハチムラ商会はリョータイの発展やキミカ王国とサンタンセンやシギョナツとの商い、そしてこのコボルド討伐のあっせんで大きくなったんだよ。そのせいか知らねえけど毎年コボルド供養祭なんてもんをやってるらしくてな」
「まったくごもっともなお話です」
コボルドと言う名の鉱山に群がる冒険者たちを求め、サービスも充実する。それに伴い町も大きくなる。町って奴は、それこそ条件があってこそ大きくなるんだよな。ただ建物を作っただけで人が来るんならば誰も苦労なんかしねえよな。
しっかし魔物討伐を一大産業にする程度には、そのハチムラ商会ってのもしたたかなのかも知れねえ。ハンドレさんとどっちがすごいのかはわからねえけど、そのハチムラ商会の長って人にも会ってみたいもんだ。
「でもアルイさん、コボルド供養祭って言うけど実際はトードー国国民鑑賞会なんでしょ?」
「トードー国?」
「あそこの連中は実に面白えよ、パンじゃなくて米ってのばっかり喰ってて、そんで神様は女神様以外にもたーくさんいるって言っててさ。それで剣も少し変わってるんだよ」
「でもあの剣は門外不出らしくてさ、よっぽど気に入られねえと教えてくれねえんだよ。真似をして作っても大して斬れねえしさ。まっすぐじゃなくてちと曲がってるから、下手に作ると一撃でポッキリだぜ」
米、神がたくさんいる、曲がった剣。
「これって……」
「ウエダ殿?」
「トードー国って!」
俺たちはそういう特徴を持っている世界を、知っている。俺は背筋を伸ばし、はやる気持ちを抑えるべくコーヒーを口に含みながら迫った。
「おいおいずいぶんとやる気だな。ああ教えるよ。トードー国ってのはキミカ王国の南西だよ。
ただあの国は昔立ち寄った事もあるけどさっきも言ったようにキミカ王国を含めどことも貿易をしてないからな。サンタンセンの織物も個人的な取引がごくわずかに行われるぐらいでとても商売らしいことはできていないんだよ」
「まあ基本的には平和だしそれが何よりだけどな、だってあの国リョータイ市とキミカ王国を合わせたのと同じぐらいデカいんだぞ」
「いやもっとでっかいだろ、まあシンミ王国とどっちがデカいかはわからねえけど」
「ありがとうございます!」
「そうかいそうかい、俺はアルイってもんだ。一応魔導士の端くれだよ。お前は」
「ウエダユーイチです」
そういう国なら、黒髪の仲間たちも紛れやすい。まったくいい話を聞いたもんだ。
「でこれは何だい」
「情報のお代です」
俺はアルイさんのテーブルに五枚の銀貨を置きながら、深く頭を下げた。
「ずいぶんとはり込んだな」
「俺たちのそもそもの目的はな……」
「まあ別に良いのでありますがな」
トードー国、藤堂国……はい、天魔の子・藤堂高虎もよろしくお願いいたします。




